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横山典弘を巡る、ある男の騎手引退とGⅠ制覇、それぞれの理由とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
17年のNHKマイルCを制したアエロリットと鞍上の横山典弘

横山を背に成長したアエロリット

 今週末、東京競馬場ではNHKマイルC(GⅠ)が行われる。

 4年前の2017年、このレースを勝ったのがアエロリット。管理するのは菊沢隆徳調教師で、手綱を取ったのは横山典弘騎手だった。横山の妹は菊沢夫人。つまり義理の兄弟によるGⅠ制覇だったわけだ。レース直後、義兄弟ががっちりと握手をかわした際、横山が言った。

 「スタートがどうとか、位置取りがどうとか色々考えたけど、ゲートが開いたら馬が勝手によい競馬をしてくれたね」

 その時は笑顔を返しただけの菊沢だったが、実は心の中で義兄のセリフを否定する気持ちがあった。

17年NHKマイルCでの口取り風景
17年NHKマイルCでの口取り風景

 アエロリットがデビューしたのは前年の6月。つまり2歳の早い時期での新馬戦だった。横山を“ノリさん”と呼ぶ菊沢は当時を次のように述懐した。

 「デビューの3週前にはノリさんに乗ってもらい『走る馬だ』と言っていただきました。ただ、体質面で弱いところがあったし、精神的にもすぐにお腹をくだすなど、成長の余地がありました」

 それでもデビュー勝ちをしたが、その後は中山のサフラン賞を2着で惜敗すると、同じ中山のフェアリーS(GⅢ)も2着。更に東京のクイーンC(GⅢ)も2着と惜敗を繰り返した。

 「サフラン賞では行きたがる面が出てしまいました。フェアリーSとクイーンCはいずれも2着だったけど、トリッキーな中山より東京の方が競馬はしやすいと感じました」

 続いて走ったのが桜花賞(GⅠ)だった。アエロリットはデビューからずっとコンビを組んできた横山を背に、ここでそれまでとは一転した走りを披露する。過去4戦の先行策と違い、後方から競馬をして5着に追い上げてみせたのだ。

 「掛かる面があったけど、後ろからの競馬で折り合わせてくれました。それがよい末脚につながりました」

菊沢とアエロリット。17年撮影
菊沢とアエロリット。17年撮影

 こうして迎えたのがNHKマイルCだったから、陣営は「前で競馬をさせるのが良いか、それとも後ろからがベターか?」話し合いに時間を割いた。それがレース後の横山の弁につながったのだ。ゲートが開くと誰よりも速い勢いでスタートを切ったアエロリットだが、逃げる事なく2番手に控えると、直線では早目に先頭。そのまま2着のリエノテソーロに1馬身半の差をつけて真っ先にゴールに飛び込んだ。

 「あれこれ考えなくても馬が勝手に走ってくれる」

 鞍上の大ベテランは自分の手柄にする事なくそう語ったが、指揮官は違う思いでその言葉を聞いた。

 「ノリさんがデビューからずっと乗ってくれてアエロリットを完全に手の内に入れていました。あれだけ抜群のスタートを切りながらも掛かって持っていかれる事なく折り合えたのは桜花賞で抑える競馬を経験させていたお陰だと思うし、先頭に立つシーンも一気にかわすのではなく、一旦タメてから追い出したあたりに感服させられました」

今でも気をつけている馬作りとは

 こう言うと、レース直後の2人の間にあったエピソードを教えてくれた。

 「馬が帰って来るのを下馬所で待っていたら、上がって来たノリさんに『GⅠなのになんでコースの方まで迎えに来ないんだ?!』って言われました。でも、行かなかったわけではなくて、私自身初めてのGⅠ制覇だったからどうして良いか分からなかっただけなんです」

 晴れてGⅠトレーナーとなった菊沢は元ジョッキー。横山の2年下の期だから、競馬学校でも1年だけ被っていた。

 「ノリさんは学校時代からモンキー乗りが格好良かったです。デビュー後は話す機会が増え、騎乗ぶりも良く見させていただいたけど、とてもかなわないと感じました。正直、調教師への転身を考えたのも、ノリさんを相手に同じジョッキーという舞台で戦うのは厳しいと思ったからなんです」

 そんな偉大な先輩とタッグを組んでの自身初GⅠ制覇を改めて振り返って言う。

 「大レースに限らず、ノリさんに乗ってもらうのに恥ずかしくないような馬を育てて仕上げていかなければ、という気持ちを今でも持ち続けています」

 さて、今週末のNHKマイルCではどの陣営にどんな物語が展開されるだろう。新たなストーリーの誕生を期待して、今年もレースを見守りたい。

レース直後、がっちり握手をかわした菊沢(背中)と横山
レース直後、がっちり握手をかわした菊沢(背中)と横山

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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