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3冠馬3頭が激突したJCのレース直後、ルメールがスタンドを見上げた理由とは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
ジャパンCのレース直後、アーモンドアイの鞍上からスタンドを見上げるC・ルメール

3強の3冠馬3頭が参戦

 曇天の東京競馬場で行われた第40回ジャパンC(G1)。下馬評通りに決まらず唖然とする結果になる事も多いのが競馬だが、今回は戦前から3強と呼ばれた3頭が見事にワンツースリーフィニッシュ。コロナ禍で暗いニュースが多い中、久しぶりに心躍る結末となった。

 3強のパドックは三者三様。単勝2.2倍の1番人気に推されたアーモンドアイ。美浦・国枝栄厩舎の同馬は、いつも通りメンコにシャドーロール。パドックでジョッキーが跨った後は周回することなく真っ先に馬場へと向かった。

パドックでのアーモンドアイ。ジョッキーを乗せた後は周回をせずに真っ先に馬場入りした
パドックでのアーモンドアイ。ジョッキーを乗せた後は周回をせずに真っ先に馬場入りした

 2番人気は単勝2.8倍のコントレイル。栗東・矢作芳人厩舎の同馬は、何の注文もつけない素振り。普通に騎手が跨り、普通に周回をして、馬番順通りに馬場入り。目立った扶助馬具を使用する事もなく、牡馬らしく堂々と振舞った。

パドックでのコントレイル。何の注文もつけず堂々と行進していた
パドックでのコントレイル。何の注文もつけず堂々と行進していた

 単勝3.7倍の3番人気に支持されたのがデアリングタクト。栗東・杉山晴紀厩舎の同馬は、メンコを装着し、周囲の馬との距離を常にとる。全馬が馬場入りを終えても騎手を乗せないままただ1頭、パドックに残った。

パドックでのデアリングタクト。ただ1頭、最後まで残って周回後、馬場へ向かった
パドックでのデアリングタクト。ただ1頭、最後まで残って周回後、馬場へ向かった

 それぞれスタイルこそ違うものの各陣営が馬の全能力を発揮させるために取った手段という意味では同じ。頂へつながる登頂路は一本とは限らないのだ。

引退する最強女王とターフに残る若き3冠馬の今後

 キセキが引っ張ったレースは最初の1000メートル通過が57秒9のハイペース。無闇にこれを追いかける馬はいなかったものの、最後に地力が要される流れなのは疑いようがなく、実力のある馬達にとっては願ったりかなったりの展開となった。

 キセキから離れた5番手のインを追走したのがアーモンドアイ。3強の中でも最も年長の5歳牝馬はJRA史上初めて8度の芝G1を優勝。天皇賞(秋)から中3週と、3強の中では最も詰まった臨戦過程に加え、古馬なので斤量面の不利を唱える人もいたが、リーディングジョッキーのクリストフ・ルメールを背にした実績は抜けており、これがラストランの名牝をファンは1番人気で迎えた。

 そのアーモンドアイを左前の視界に捉え、7番手を進んだのがデアリングタクト。今年、JRA史上初めて無敗で3冠牝馬の座に輝いた彼女の鞍上は若き松山弘平。53キロの斤量と中5週の臨戦過程をアドバンテージに、3強の一角に食い込んだ。

 更に少し遅れ、彼女を見る位置の9番手を走ったのがコントレイル。父ディープインパクトに続く父子二代で無敗の3冠馬。ベテラン福永祐一は「男の子の意地を見せたい」と力こぶ。

 3頭が抜けた存在と目されたため、4番人気のグローリーヴェイズの単勝は20倍近く。果たして直線に向くと失速したキセキに代わりそのグローリーヴェイズが迫ってきたが、次の刹那、すぐ後ろにまで上がっていたアーモンドアイが同馬をパス。結果、このG1最多勝馬がキセキを自力でかわして先頭に躍り出た。

 ハイペースを早目に先頭に立ち、目標とされる立場になったアーモンドアイに、襲いかかってきたのはコントレイル。最も外を回りながらも一完歩ごとにアーモンドアイとの差を詰めにかかった。

 デアリングタクトは外へ出そうかという場面もあったが、福永の好騎乗で外を塞がれると、松山が素早い判断で進路を変更。一転して内へ潜り込むようにして前との差を縮めた。

 こうして若き3冠馬2頭が持ち前の末脚を披露したが、最強女王の座は揺るぎなかった。早目に抜け出し苦しくなるかと思われた8冠馬だが、全くそんな素振りを見せぬまま孤高のゴールへと飛び込んだ。

先頭でゴールに飛び込んだアーモンドアイ
先頭でゴールに飛び込んだアーモンドアイ

 

 「1番嬉しいです。アーモンドアイに乗る時はいつも特別だけど、今回はラストレースだったので、更に特別でした」

 天皇賞を制した際は涙を見せたルメールだが、今回は微笑みながらそう言った。

 有終の美を飾り、ターフを去るアーモンドアイに対し、コントレイルは1と4分の1馬身遅れた2着。デアリングタクトはカレンブーケドールをハナ差かわして3番手に上がってゴールした。雪辱の機会のない2頭の若き3冠馬。しかし、ここまで同世代としか対戦していない両馬が果敢に最強馬に挑み、期待を裏切る事なく人気通りに走ってみせたのは立派なもの。今後、最後の直線でゴール前に見えるアーモンドアイの幻影を追いかける彼と彼女は、より強く、そしてより速くなるだろう。これからの競馬界を引っ張る両輪となってくれる事を期待したい。

抜け出したアーモンドアイ(ゼッケン2番)と2着コントレイル(同6番)、3着デアリングタクト(中央赤帽)
抜け出したアーモンドアイ(ゼッケン2番)と2着コントレイル(同6番)、3着デアリングタクト(中央赤帽)

優勝したルメールがスタンドを見上げた理由

 さて、ここで再度、アーモンドアイを栄冠に導いたルメールに話を戻そう。優勝し、ウイニングランに移ったルメール。ファンに向かい手を振った後、何かを探すようにスタンドを見上げ視線を泳がせた。

ウイニングランを終えスタンドを見上げるルメール
ウイニングランを終えスタンドを見上げるルメール

 その時、スタンドには8つの★とデフォルメされたアーモンドアイのイラスト、そして“ありがとう”を意味するフランス語の“Merci”と刺しゅうされたマスクをしている女性がいた。ルメール夫人のバーバラさんだ。新型コロナウィルスの影響で入場者数の制限をされている競馬場。それはファンばかりではなく、関係者も同様。たとえジョッキーの家族であっても関係者エリアには容易に入れず、バーバラさんもスタンドの一般席で観戦していたのだ。スタート時は知人とテレビ電話をしながら笑顔を見せていた彼女だが、ゴール前では声を殺しながらも飛び跳ねて応援。そしてアーモンドアイが先頭でゴールに飛び込んだ次の瞬間には大粒の涙が頬を伝っていた。ウイニングランの際は大きく手を振っていた彼女を、ルメールは見つけようとしていたのだ。

 「探したけど、お客さんが“たくさん”いたので分かりませんでした」

 コロナ禍により制限されたこの日の観客数は4604人。本来予想される入場者数を思えば僅かな数だが、歴史の目撃者の熱量はひと塊となり、その中から1人をピックアップして見つけるのは困難だった。その晩は東京に留まる事無く京都にある自宅に帰ったルメール夫妻。新幹線の中で、改めて2人でアーモンドアイに感謝し、お祝いをしたと言う。

スタンドからルメールに向かって手を振るバーバラ夫人
スタンドからルメールに向かって手を振るバーバラ夫人

(文中敬称略、電話取材、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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