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コロナウィルスの影響で中止になったドバイワールドCと無観客競馬に思う事

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
無観客競馬の続くJRA。写真は中山競馬場。スタンド側(手前)にファンの姿はない

激震が走ったドバイワールドCの中止

 22日の夜、競馬界に激震が走った。今年で25回目を迎えるドバイワールドCデーの開催がコロナウィルスの影響を受け、史上初めて中止となった。正式には「来年に延期」という発表だが、事実上の中止という事だ。

昨年のドバイワールドCデーでの1コマ。ドバイターフを制したアーモンドアイと右端が国枝栄調教師
昨年のドバイワールドCデーでの1コマ。ドバイターフを制したアーモンドアイと右端が国枝栄調教師

 私はこの情報を成田空港で聞いた。そもそも今回の取材に関しては行くべきか行かざるべきか最後まで迷った。ルール上、行けるとしてもコロナの終息が最も優先されるべき現在、渡航すべきではないのでは?と考えたのだ。しかし、ある調教師に「報道も大切」と言われ、自分としては“断腸の思いで遠征を決めた”。そして、今まさにドバイへ向けて出発しようと空港にいた時、事態が一転した。その時そこにはこの開催にアーモンドアイを送り込んでいる調教師の国枝栄やグローリーヴェイズの尾関知人、またデルマオニキスに騎乗予定だった騎手の横山和生らも一緒にいた。

 現在、日本人の入国を禁じているドバイだが、我々ワールドC関係者には特別に許可がおり、無事に搭乗手続きを終了。ホッとして手荷物検査を終え、出国審査を通過。搭乗口へ向かおうしたところで関係者の1人に「中止」の第一報が入った。

 国枝を始めとした関係者は皆、呆然としつつも事実確認に奔走。そうこうするうち、当方の携帯電話にも次から次へと同様の連絡や確認のLINEが入りだした。元々、開催するとしても無観客競馬となるはずだった今年のドバイワールドCデーは、結局、中止(延期)される事が正式に決定した。

私達一行は既に搭乗ゲートまで向かっているところで中止を聞かされた
私達一行は既に搭乗ゲートまで向かっているところで中止を聞かされた

無観客競馬の続くJRA

 JRAでは2月29日より無観客競馬を続けている。競馬場はもとよりウインズも閉鎖。この間、私はNARの川崎から始まり中山、阪神、中京と様々な競馬場で関係者のみの開催を見させていただいた。中京競馬場のスタンドの席は、空席が目立たないようにするためか、ランダムに彩色されているが、無観客ではさすがに空しく感じてしまった。

空席が目立たないようにするためか独特の彩色がされている中京競馬場のスタンドだが……
空席が目立たないようにするためか独特の彩色がされている中京競馬場のスタンドだが……

 「フランスでは通常の開催でもお客さんより関係者の方が多い事が多々ありますよ」

フランスの田舎の競馬場での1コマ。ゴール前でもこの有り様。決して珍しい風景ではない。2019年撮影
フランスの田舎の競馬場での1コマ。ゴール前でもこの有り様。決して珍しい風景ではない。2019年撮影

 苦笑混じりにそう語るC・ルメールが、報道陣を笑わせる一コマがあった。3月5日に川崎競馬場で行われたエンプレス杯を勝利した後、口取り写真の撮影に臨む時の事だ。「どこで撮りますか?」と問うた彼は、続けて言った。

 「お客さんの前ですか?」

 これにはその場にいたカメラマンが皆、笑った。

 同じくフランスからきたミカエル・ミシェルも首肯して後を引き取る。

 「フランスで凱旋門賞の次に人気があるのはディアヌ賞(オークス)。そしてジョケクラブ賞(ダービー)。これらはとても混むけどそれでも近年は来場者数が減少気味です。人気のレースでさえそうなのだから他の開催でのお客さんはまばらよ」

エンプレス杯での口取り風景。M・ミシェルとC・ルメールの後方に見えるのは皆、関係者で、スタンドは無観客だ
エンプレス杯での口取り風景。M・ミシェルとC・ルメールの後方に見えるのは皆、関係者で、スタンドは無観客だ

 せっかくの引退式が無観客になってしまった四位洋文はさすが大ベテランらしく「野次られないで良かったです」と笑って話してくれた。しかし、もちろんそれが本心ではないだろう。長年、続けて来た騎手生活の最後は、やはりファンに見送られて終わりたかったに違いない。

 ディープインパクト記念弥生賞を勝利した武豊が、無人のスタンドに向かって手を振ったのは当ニュースで伝えた通り。その後「ファンの皆さんに見て欲しかった」と呟くように語った。他にも中山グランドジャンプの前哨戦代わりに阪神スプリングジャンプを走ったオジュウチョウサンの手綱を取った石神深一が、快勝後「次はお客さんの前で勝ちたい」と口にしたり、ファルコンSを優勝したシャインガーネットに騎乗した田辺裕信が「オーナーやファンの皆と一緒に喜べないのは残念ですね」と言ったり、概ね肩を落として語るケースが多かった。

 また「静かなせいか気合いが乗らなかった」と愛馬の敗因を語る関係者もいた。逆に「繊細な馬なのでイレ込まずに済んだ」と言う人がいたのも事実だが、だからといってその人が無観客競馬を歓迎していたかというとそうではない。「今回はイレ込まずに済んだけど、お客さんがいないのは寂しい。ファンの皆さんがいてもイレ込まない馬を作らなくてはいけない」と自らを戒めるように続けた。ファン不在の開催はほとんどの関係者が「寂しい」と口を揃えるのだ。

阪神スプリングジャンプを制したオジュウチョウサンの口取り。本来ならファンで賑わうはずのスタンド(後方)はもぬけの殻だ
阪神スプリングジャンプを制したオジュウチョウサンの口取り。本来ならファンで賑わうはずのスタンド(後方)はもぬけの殻だ

 関係者の混乱といえば、レース後の勝ち馬関係者も誰もが似た発言を口にした。

 「口取り写真は撮るのですか?」

 「表彰式はやるのですか?」

 答えを記せば前者はイエスで後者はノーなのだが、口取り写真の撮影も無いと思って帰ろうとする調教師がいたり、逆に撮影後、表彰式を待つ騎手がいたり、と当事者達も混乱している事がよく分かる光景を毎週のように目にした。

 レース中の蹄音や騎手同士の掛け合う声がよく聞こえたり、パドックの厩務員と騎手の会話が聞こえたりと、静寂さを感じさせる場面にも何度も立ち会ったが、あるJRA職員からはこんな意見も聞かれた。

 「出遅れや競走中止があってもスタンドがどよめかないのが不思議な感じでした」

 人の住まない家の方がかえって綻びが早いと言うが、競馬場こそファンによって命を吹き込まれる空間である事がよく分かる証言であった。

3月20日には藤田菜七子騎手が怪我から復帰したが、パドックにももちろんファンの姿はない
3月20日には藤田菜七子騎手が怪我から復帰したが、パドックにももちろんファンの姿はない

コロナでもただでは起きない!!

 閑話休題。ドバイに話を戻そう。日本馬が全て現地入りした後の中止決定という事で「決断が遅過ぎる」と非難する声が各所で聞かれた。しかし、相手はコロナウィルスである。日々、どちらに転んでいくかはラグビーボールよりも分からない。しかも戦場は世界中と果てしなく広いフィールドだ。そんな不可解なモノが相手なのだから犯人捜しをしても意味がない。誰も悪くないのだ。今回「決断が遅い」と怒った人達は早期に中止を決定していたらそれはそれで「早過ぎる」と文句を言ったのではないだろうか。誰よりも開催したかったのがドバイ側であり、故に彼等だって可能な限り開催出来るように模索をし続けた事だろう。しかし、現地時間20日にドバイで初めてコロナによる死者が出た事が最後のひと藁となり、断念せざるをえなくなったのではないだろうか。誰が悪いというのではないが、あえて犯人を捜せば時勢が悪かったとしか言いようがないのだ。

中止が決定したドバイWCデーが行われるメイダン競馬場。昨年撮影したこの写真のように、レース後もまだ賑わうシーンが戻ってきてほしいものだ
中止が決定したドバイWCデーが行われるメイダン競馬場。昨年撮影したこの写真のように、レース後もまだ賑わうシーンが戻ってきてほしいものだ

 そして“コロナでもただでは起きない”ために、今回のドバイを教訓にしていく事が私達には求められるだろう。JRAの努力やファンの皆様の協力のお陰で、日本の競馬はなんとか中止を免れて毎週、開催されている。しかし、ドバイだって中止になる事を考慮すれば、この後のG1シーズンや日本ダービーといった最大級のレースでさえ無事に行われる保証はどこにもない。現在、世界的に最優先事項となっている『コロナの収束』のためには、競馬の開催中止も致し方ないところまで来ているのだ。見えない敵に屈しないよう、ファンにJRAやNARといった主催者、ホースマンやメディアの一人一人が今一度、力を合わせ協力していこう。

ファンで賑わう本来の競馬場。また皆で観戦出来る日のために、皆で協力してコロナに勝とう!!
ファンで賑わう本来の競馬場。また皆で観戦出来る日のために、皆で協力してコロナに勝とう!!

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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