北米で日本人初の快挙!! エクリプス賞を受賞した若き男はこんな人だ

カナダで活躍しエクリプス賞最優秀見習い騎手賞を受賞した木村和士

競馬学校を自主退学してカナダで騎手デビュー

 海の向こうからとんでもなく素晴らしい朗報が届いた。日本のJRA賞にあたる北米のエクリプス賞の最優秀見習い騎手賞にナント日本人の木村和士が選出されたのだ。

現在、帰国するのは年に1回程度。今年は成人式の際に帰国したがエクリプス賞授賞式に合わせ、1週間ほどで再び北米へ旅立った木村
現在、帰国するのは年に1回程度。今年は成人式の際に帰国したがエクリプス賞授賞式に合わせ、1週間ほどで再び北米へ旅立った木村

 1999年9月6日、北海道の浦河で木村は生を受けた。父・忠之は育成牧場を経営。母・知子の下、兄と共に育てられ、6歳の時にはポニーに乗り、草競馬にも騎乗していた。

 「小学4年生の時には騎手になりたいと考えるようになっていました」

 日高にあるJRAの施設で乗馬を始めたのは小学5年生の時。6年生、そして中学1年の時はいずれもジョッキーベイビーズに参戦し、決勝まで進出した。

 「兄は第1回のジョッキーベイビーズに優勝していたので自分も目指しました」

 優勝には手が届かなかったが、2度の決勝進出に彼の類稀なるポテンシャルの高さがうかがえる。中学卒業後はJRA競馬学校に入学。2年の時には栗東トレセンでの厩舎実習にも臨んだ。

 「牧田(和弥)先生や松永昌博先生にはすごく助けていただきました」

 3年生になり、卒業まであと半年となった時の事だった。

 「自分の責任で自主退学をする事になりました」

 それでも騎手になりたいという気持ちに変わりはなかった。

 「競馬学校に落ちたら海外へ挑戦しようと考えていた事もあり、思い切って行ってみる事にしました。場所は色々考えたのですが、カナダのウッドバインで幼馴染みが乗っていたので、そこへ行く事にしました」

 以前、ジョッキーベイビーズで知り合ったのが「幼馴染み」と語る福元大輔だった。福元は競馬学校に不合格となると、木村の父の牧場で働いた。そして、その後、カナダへ飛び、かの地でジョッキーになっていた。

幼馴染みの福元大輔(左)を追ってカナダへ
幼馴染みの福元大輔(左)を追ってカナダへ

2018年5月、カナダでジョッキーデビュー

 2017年10月、木村は福元を追うようにカナダへ下見をしに行った。約1カ月滞在。当時、英語を話せなかったが環境には魅了され、ここで乗ろうと決めた。一旦、帰国し、ビザを申請。牧場で馬に乗りながら英会話の学校に通った。ビザも無事に許可され、18年3月、再びカナダへ渡った。トロントにあるウッドバイン競馬場で毎朝、調教に騎乗していると、1人の男が声をかけてきた。

 「ジョーダン・ミラーと名乗る彼が『自分がエージェントになって、ジョッキーとして乗れるよう動く』と言ってくださいました」

ウッドバイン競馬場で調教にまたがる木村
ウッドバイン競馬場で調教にまたがる木村

 “渡りに舟”と任すと、物語のページが一気にめくられた。騎手免許を取得した。トップ調教師を紹介してもらった。日本ではワグネリアンが日本ダービーを制したその日、木村はウッドバイン競馬場で騎手デビュー。再渡航から僅か1月半しか経っていなかった。

 このデビュー戦、10ポンドの見習い騎手減量のあった木村はいきなり2着に好走した。そのレースを勝ったのは彼をカナダにいざなった福元だった。

 「新人騎手はデビューから5戦は鞭を持てないというローカルルールがありました。それでかえって気負わず落ち着いて乗る事が出来ました」

 初勝利は13戦目。単勝71倍のトルネードキャットという馬に乗り穴をあけた。

 「その晩、日本の両親に電話をすると凄く喜んでくれました」

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 これが呼び水になった。北米のトップトレーナーでもあるマーク・キャシーから依頼されるようになった。すると1日に5勝したり、重賞を勝ったりと新人とは思えぬ八面六臂の大活躍をした。結果デビュー年の18年は「自分でも信じられないくらいの成績」という104勝。JRA賞のカナダ版にあたるソヴリン賞で最優秀見習い騎手賞を受賞し、北米全体を対象にしたエクリプス賞でも同賞の候補にあげられた。

18年度はカナダのソヴリン賞最優秀見習い騎手賞を受賞した
18年度はカナダのソヴリン賞最優秀見習い騎手賞を受賞した

 こうして迎えた2年目となる19年はシーズン開幕から乗りまくった。騎乗数は常にトップを独走。シーズン序盤は勝ち鞍でも一瞬といえリーディングトップに立つシーンを作った。そんなシーズン半ば、本人が「最も印象に残った」という騎乗があった。

 「1人の調教師から『イギリスのウィリアム・ハガス調教師がこちらに遠征してくるのに騎乗してくれる騎手を探している』と話をもらいました」

 自分で良ければと承諾すると、木村の騎乗ぶりをチェックしたハガスも快諾。その後、エージェントから思わぬひと言を告げられた。

 「クイーンの馬みたいだよ」

 クイーンと言われても誰の事か、最初はピンと来なかった。そこで聞き返すと、驚くべき返事が返ってきた。

 「エリザベス女王の馬だという事が分かりました。女王が馬を所有されている事はもちろん知っていました。でも、自分が乗れるなんて考えた事がなかったので最初は『どこのクイーンなんだろう?』って思ってしまいました」

エリザベス女王の勝負服を着た木村(写真提供本人)
エリザベス女王の勝負服を着た木村(写真提供本人)

 結果は2着だったが「指示された通りには乗れました」と言う。

 また、カナダ版のダービーにあたるクイーンズプレートにも初騎乗を果たした。

 「道中が考えていたより後ろになってしまった分、結果は6着だったけど良い末脚は発揮出来ました。初めて乗ったけど、競馬場全体の雰囲気がいつもとは違って良い経験になったし、毎年乗りたい、いつか勝ちたいと改めて思いました」

19年、カナダ版ダービーにあたるクイーンズプレートにも初騎乗を果たした(写真提供本人)
19年、カナダ版ダービーにあたるクイーンズプレートにも初騎乗を果たした(写真提供本人)

 1シーズンが終わると148勝。カナダリーディングの3位となる成績を残した。しかし、気持ちは満ち足りてはいなかった。

 「シーズン開幕時にはリーディング1位を目標にしていました。実際、ユーリコ・ダシルヴァは200勝以上しているし、自分としては満足しませんでした」

 そんな気持ちとは裏腹、エクリプス賞、最優秀見習い騎手賞のファイナリストに選出された。

 「授賞式当日はテレビで見る調教師やオーナーといった関係者が沢山いて緊張しました」

 各賞の発表が始まった。最優秀生産者賞は同じテーブルについていたブリックスアンドモルタルの生産者が選ばれた。喜ぶ関係者を目の当たりにして「見習い騎手賞部門の時は自分も名を呼ばれたい」という思いが強くなった。

 しかし、実際に最優秀見習い騎手賞発表の時が来ると「とくに祈りはしなかった」と胸の内を語る。

 「前年も選ばれずに終わっていたので、無心でいました」

届けられた封筒をMCが開封する。そして、中に入っている紙を取り出し、そこに書かれている名前を読み上げた。

 『カズシ・キムラ!!』

日本人初のエクリプス賞受賞となった木村(写真提供本人)
日本人初のエクリプス賞受賞となった木村(写真提供本人)

 「嬉しかったですね。自分の力だけで取れたわけではないので、助けてくださる周囲の皆さんのためにも獲得出来た事が嬉しかったです」

 日本人として史上初のエクリプス賞最優秀見習い騎手賞を獲得した快挙を祝う声は国内外から届けられた。親交のある日本の関係者からも続々と届いた。北米なら印籠代わりにもなるエクリプス賞の獲得について、木村は言う。

 「これでどこへ行っても乗れるようになります。近い将来、アメリカでも乗ってみたいです」

 更に「今年こそはカナダリーディングを獲れるよう、頑張ります!!」と旗幟鮮明に宣言する二十歳の男にとってエクリプス賞最優秀見習い騎手賞はまだほんの最初の一歩なのかもしれない。

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(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)