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イスラエル軍、ガザでヒトラー『我が闘争』発見「反ユダヤ主義は言葉から始まり暴力で終わる」

佐藤仁学術研究員・著述家
(イスラエル政府提供)

ホロコーストも「言葉の暴力」から始まった

2023年10月7日に武装集団ハマスがイスラエルに攻撃をしてから、多くの国で親パレスチナ派の人々が反ユダヤ主義的な発言や行動やデモをしている。そのようななかで、反ユダヤ主義的な発言もインターネットの書き込み、SNSなどでも拡散されている。

2023年11月にはイスラエルの公式SNSで、イスラエル軍がハマスの拠点のガザ地区の子供部屋で、反ユダヤ主義を煽るヒトラーの著作「我が闘争」のコピーを発見したことを伝えていた。日本のイスラエル大使館が日本語訳をしているが、そのなかで「反ユダヤ主義は言葉から始まり、 街路でユダヤ人の血が流されることで終わります(It starts with words. It ends with Jewish blood in the streets.)」と伝えていた。

第2次世界大戦時にナチスドイツによって行われたユダヤ人の大量虐殺、いわゆるホロコーストも、最初はユダヤ人を差別、迫害する言葉の暴力から始まった。「ユダヤ人が世界を支配している」「ユダヤ人は金に汚い」といった意味不明なプロパガンダや悪口が流布されていき、次第にユダヤ人の子供たちが学校から追放され、ユダヤ人の大人が公職から追放され、黄色い星を着用させられたり夜間に外出が禁止されたりして、その後ゲットーに閉じ込められ、絶滅収容所に送られ、最後は約600万人のユダヤ人が殺害された。

▼ヒトラーの著作「我が闘争」がコピーを発見された。日本のイスラエル大使館が日本語訳をしている。

拡散されていくSNSにあふれるホロコースト否定論

今回、イスラエル政府が「反ユダヤ主義は言葉から始まる(It starts with words)」と伝えているが、2021年には「#ItStartedWithWords」のハッシュタグをつけてSNSでホロコーストの正しい歴史を伝えていこうとユダヤ団体のユダヤ人対独物的請求会議が呼びかけていた。同団体では「#ItStartedWithWords」のプロジェクトを立ち上げて、ホロコースト生存者が多くの人にホロコーストの正しい歴史を伝えようとしている。

現在でも欧米やアラブ諸国では反ユダヤ主義が根強く「ホロコーストはなかった」「ユダヤ人はそんなに殺されていない」といったホロコースト否定論者が多く、そのようなホロコースト否定に関する投稿はネットやSNSにも多く、あっという間に拡散されている。特に若い人たちはSNSでのホロコースト否定の情報を鵜呑みにしてしまう傾向が強い。

ホロコースト生存者は高齢化が進み、ホロコーストを体験した人たちは年々減少している。「ホロコーストは当時、実際にあった」と証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"の投稿や情報が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。

▼ユダヤ人対独物的請求会議のSNSでの「#ItStartedWithWords」呼びかけ(2021年)

隠語が多くすぐに削除できないSNSでの反ユダヤ主義

FacebookやX(ツイッター)、インスタグラム、TikTokなどのSNSではホロコースト否定や民族憎悪、ヘイトに関する投稿は禁止されており、投稿が発覚すると削除される。露骨にホロコースト否定や反ユダヤ主義に関する内容であれば、すぐに削除もできる。だが、そのようなわかりやすい投稿はすぐに削除されるので、隠語や仲間内でしかわからないような言葉、新しい表現などで投稿されることも多く、全てのホロコースト否定の投稿を削除することは容易ではない。例えば「あんなことはなかった」といった文脈からでしか推測できないような表現が多く、そのような投稿をSNSから削除していくことは至難の業である。

以前にGoogleマップのアウシュビッツ絶滅収容所のコメント欄に「すぐにダイエットしたいなら(アウシュビッツは)最適の場所」(“Good place to go if you want to lose weight fast”)」という書き込みをGoogleが数年以上削除しないで放置していたことが明らかになった。だが、この文章には反ユダヤ主義に関する英単語は一文字も入っていないため、機械的に検知して削除することは難しい。アウシュビッツ絶滅収容所の悲惨な歴史を知っている人でないと、このコメントが文脈上、アウシュビッツ絶滅収容所には不適切であることはわからない。Googleマップのアウシュビッツですら数年にわたって放置されていた。

例えば、「1488」というのも反ユダヤ主義を表す隠語である。日本人には全く馴染みもない数字の羅列がいったい何が脅威で言葉の暴力なのかも不明な人も多いだろう。まず「14」は白人至上主義者が使う14単語のスローガンのことを指している。「We must secure the existence of our people and a future for white children」の14単語で「白人の子供たちの将来のためにも、私たち白人の存在をこれからも維持していかなければならない」というアピ―ルで、他の民族や人種に主導権を取られることはない、これから将来も白人が支配していくことを主張している。つまり白人至上主義者の主張の隠語である。

そして「88」はナチスドイツの総統だったヒトラーを称える「ハイル・ヒトラー」のことである。「Heil Hitler」(ハイル・ヒトラー)の頭文字「H」がアルファベットで8番目であることから、「88」で「ハイル・ヒトラー(Heil Hitler)」を表している。説明されないと何のことか、理解しがたいかもしれないが反ユダヤ主義、ネオナチの隠語である。

▼「1488」とナチスのカギ十字が落書きされたブルガリアのシナゴーグの壁(2021年)

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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