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ホロコーストの始まりだった「水晶の夜」から85年、進む記憶と史料のデジタル化

佐藤仁学術研究員・著述家
水晶の夜で逮捕されたドイツのユダヤ人(米国ホロコースト博物館提供)

1938年11月9日夜はドイツ全土で「クリスタルナハト(水晶の夜)」と呼ばれた日で、ユダヤ人に対する暴力、ユダヤ人店舗の略奪、破壊が行われた。ユダヤ寺院のシナゴーグも襲撃、放火された。店舗やシナゴーグの破壊されたガラスが夜の月明かりに照らされて「水晶」のようだったので「水晶の夜(クリスタルナハト)」と呼ばれている。当時、多くのドイツ人がユダヤ人迫害に加担、もしくは見て見ぬふりをしていた。その後、第2次大戦での欧州全体でのナチスによる約600万人のユダヤ人大量虐殺のホロコーストへと繋がっていった。「水晶の夜」ではドイツとオーストリアの1400のシナゴーグ(ユダヤ教の教会)が襲撃された。そしてユダヤ人の多くが不当に逮捕されて強制収容所に移送されていった。ホロコーストにおけるユダヤ人への組織的暴力の始まりだった。

2023年10月7日に武装集団ハマスがイスラエルに攻撃をしてから、多くの国で親パレスチナ派の人々が反ユダヤ主義的な発言や行動やデモをしている。そのような事件やデモが報道されるときに「クリスタルナハト(水晶の夜)」が過去のユダヤ人差別や迫害の事例の1つとして紹介されることがあるが、日本ではほとんど報じられない。

2023年11月9日で「水晶の夜」から85年を迎えた。毎年11月9日には「クリスタルナハト(水晶の夜)」の犠牲者を追悼して欧米やイスラエルのシナゴーグでは式典が行われ犠牲者の家族や生存者の多くが参集している。だが「水晶の夜」の当時を知っている生存者も年々減少してきている。当時生まれたばかりでも現在では85歳なので、現在生きている生存者は小さな子どもだったので記憶も曖昧な部分が多い。

約600万人のユダヤ人が殺害されたホロコーストから約80年が経ち、当時の生存者たちも高齢化が進んでいき、当時のことを知っている人も少なくなってきており、近い将来にはゼロになる。そこで現在、欧米やイスラエルでは「ホロコーストの記憶のデジタル化」が進められており、当時の映像や写真、ユダヤ人らの体験記のインタビュー動画をネットで公開したり、ホログラムによる生存者とのリアルタイムの会話などデジタル化された生存者の記憶がホロコースト教育などにも積極的に活用されている。

「水晶の夜」についても記憶のデジタル化がかなり進められている。特にイスラエルの国立ホロコースト博物館のヤド・ヴァシェムでは当時を経験したユダヤ人らの記憶のデジタル化や、当時としてはかなり貴重だった写真や動画、さらに手記や日記など史料のデジタル化を積極的に進めてオンラインで公開している。

ヤド・ヴァシェムでは約480万人のホロコースト犠牲者のデータベースがあり、それらは世界中からネット経由で閲覧することもできる。約600万人のユダヤ人が殺害されたが、残りの120万人は名前が判明していない。ヤド・ヴァシェムではホロコースト犠牲者の身元確認とデータベース構築も進められているが、ナチスドイツによって完全に消失したユダヤ人集落などもあり、全ての犠牲者の名前や写真を収集してデータベースに格納することは難航している。それでもドイツやオーストリアでの「水晶の夜」の史料は東欧での残虐非道なユダヤ人殺害に比べると多くの史料が残っている方である。

また「水晶の夜」はイスラエルのヤド・ヴァシェムだけでなく、アメリカのホロコースト博物館やアウシュビッツ絶滅収容所博物館など世界中のホロコースト博物館でも多くの史料や記憶のデジタル化が進められている。

日本ではあまり馴染みがないが欧米や中東では今でも反ユダヤ主義が根強い。そしてそのような反ユダヤ主義に基づくヘイトスピーチや民族憎悪に関する投稿はSNSで多く拡散されている。

▼イスラエルのヤド・ヴァシェムが配信している「水晶の夜」の貴重な映像(燃やされるシナゴーグ)

▼「水晶の夜」を伝える米国ホロコースト博物館の公式SNS

▼「水晶の夜」のオンライン展示や証言動画を紹介するヤド・ヴァシェムの公式SNS

▼「水晶の夜」を伝えるアウシュビッツ絶滅収容所博物館の公式SNS

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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