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ホロコースト時代にチェコでユダヤ人の子供を救ったイギリス人の実話を元にした映画「One Life」

佐藤仁学術研究員・著述家
(WARNER BROS提供)

「イギリスのシンドラー」ニコラス・ウィントン氏

第2次世界大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人やロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。ホロコーストの生存者や当時の様子など実話に基づいた映画やドラマは毎年欧米で制作されている。

2024年1月にはイギリス人のニコラス・ウィントン氏を主人公にした映画「One Life」がイギリスで公開される。「One Life」のオフィシャルトレーラーが公開された。

ニコラス・ウィントン氏といっても日本では全く知らない人の方が多いかもしれない。1909年5月19日にイギリスで生まれたニコラス・ウィントン氏は第2次大戦がはじまる直前の1938年から1939年にチェコのプラハでナチスドイツによる占領でユダヤ人の差別と迫害、いわゆるホロコーストによって強制収容所に移送されそうになっていた子供たち669人を救出してイギリスに避難させた人物。子供たちの大量輸送で「キンダー・トランスポート」と呼ばれており、1939年3月に第1弾の子供たちがイギリスに避難。1939年9月1日に第2次大戦が勃発すると、ユダヤ人の子供たちの脱出は不可能となってしまい、逃れることができなかった約6000人以上の子供たちはテレジエンシュタットのゲットーを経由してアウシュビッツなど絶滅収容所で殺害されてしまった。

1988年にニコラス・ウィントン氏の妻が当時のスクラップブックを発見して、彼の功績に注目が集まった。その後、イギリスのテレビ番組の企画で彼が救った子供たちと再会を果たしている。

ニコラス・ウィントン氏はイギリスや欧州では有名で「イギリスのシンドラー」とも呼ばれているので、映画やドラマ、ドキュメンタリーなどにはよくなっている。2013年にはニコラス・ウィントン氏の生涯を描いたドキュメンタリー「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち」が公開されていた。

▼「One Life」オフィシャルトレーラー

毎年制作されるホロコースト映画と記憶のデジタル化

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもされている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。たしかに見ていて気持ちよいものではない。

ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元にして制作され2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。

映画「One Life」は実際に存在したニコラス・ウィントン氏の人生と行動を描いたノンフィクションである。ノンフィクション映画やドキュメンタリーはホロコースト教育の教材にも活用されやすい。特にアニメ映画は子供向けや学生向けのホロコースト教育には最適である。子供に人気のアニメ映画を通じてホロコースト時代の経験と記憶を後世に伝えようとしている。「One Life」はアニメではないが、ホロコースト時代にチェコで救われてイギリスにやってきた子供たちと救ったニコラス・ウィントン氏を描いている。ホロコースト時代の子供たちの生活、生き方、苦悩などに焦点があてられた映画もホロコースト教育では多く用いられている。

戦後約80年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れている人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく観るという大人も多い。

世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界の出来事であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。

▼ニコラス・ウィントン氏が死去した際に彼の功績を伝えるBBC(2015年7月2日)

(WARNER BROS提供)
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学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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