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戦後ベルギーで暮らすホロコースト生存者の父を子供の視線で描いたドキュメンタリーアニメ映画

佐藤仁学術研究員・著述家
『My Father’s Secrets』提供

イスラエルの漫画家の父の実話を元に制作した「My Father’s Secrets」

第2次世界大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人やロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。ホロコーストの生存者や当時の様子など実話に基づいた映画やドラマは毎年欧米で制作されている。

2022年にはベルギーとフランスの共同制作で、ユダヤ人でホロコースト生存者の父がホロコースト時代のトラウマを抱えながら戦後1960年代のベルギーで家族と生活をしていくドキュメンタリーアニメ映画『My Father’s Secrets』(フランス語タイトルは「Les secrets de mon père」日本語版はないが直訳すると"私の父の秘密")が制作された。イスラエルに住んでいる漫画家のミシェル・キシュカ氏の自伝を元にした映画で、映画に登場する父は彼の父のヘンリ・キシュカ氏のホロコースト時代の経験を元にしている。

▼「My Father’s Secrets」オフィシャルトレーラー

ホロコースト教育でも多く使用される短編アニメ映画

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもされている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。たしかに見ていて気持ちよいものではない。

ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元にして制作され2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。

このアニメ映画「My Father’s Secrets」も実際に存在したユダヤ人ヘンリ・キシュカ氏を描いたノンフィクションである。ノンフィクション映画やドキュメンタリーはホロコースト教育の教材にも活用されやすい。特にアニメ映画は子供向けや学生向けのホロコースト教育には最適である。このようなデジタル化されたアニメ映画を通じてホロコースト時代の経験と記憶を後世に伝えようとしている。「My Father’s Secrets」はホロコースト生存者が抱えるホロコースト時代のトラウマや戦後に非ユダヤ人や戦時中にナチスに協力した者らとの生活に馴染めずに苦労する問題などをホロコーストを知らない戦後生まれ世代の子供視線で描いたドキュメンタリーアニメ映画である。子供の視線から見た両親や祖父母世代のホロコースト時代の経験や苦悩、問題点がアニメを通じてわかりやすく表現されているのでホロコースト教育には適している。

戦後約80年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れている人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく観るという大人も多い。

世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界の出来事であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。

英語版『My Father’s Secrets』提供
英語版『My Father’s Secrets』提供

フランス語版『My Father’s Secrets』提供
フランス語版『My Father’s Secrets』提供

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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