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ウクライナ軍、イラン製軍事ドローン迎撃に向けてイスラエルに軍事支援を要請「防空システムの試験を」

佐藤仁学術研究員・著述家
キーウへのイラン製軍事ドローンによる攻撃(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ軍「イランに対しての戦略的優位を保つためにも、イスラエルは防空システムの試験運用を実施すべきです」

2022年2月にロシア軍がウクライナに侵攻。ロシア軍によるウクライナへの攻撃やウクライナ軍によるロシア軍侵攻阻止のために、攻撃用の軍事ドローンが多く活用されている。また民生用ドローンも監視・偵察のために両軍によって多く使用されている。

2022年9月からはロシア軍はイラン政府が提供した攻撃ドローン「シャハド136(Shahed136)」と「マハジェル6(Mohajer6)」を頻繁に使用している。さらに2022年10月に入ってからは「シャハド136」よりも搭載している爆弾量が少ない攻撃ドローン「シャハド131(Shahed131)」も使用してウクライナ軍だけでなく、キーウの民間施設や一般市民も標的にして攻撃しているとウクライナ軍が発表している。

ウクライナ軍はイランの軍事ドローンによるキーウへの攻撃の被害の様子を伝える写真も公式SNSでアピールしている。2022年10月にはウクライナ軍は公式SNSに「現在、ウクライナで数百機のイランの軍事ドローンがテスト飛行を行って一般市民を殺害しています。これらの軍事ドローンはウクライナを標的にして開発されたものではありません。あなた方の敵であるイランに対しての戦略的優位を保つためにも、イスラエルは防空システムの試験運用を実施すべきです。ウクライナ軍が最適の試験場になります」と投稿。イスラエルに対して軍事ドローン迎撃システムのウクライナ軍への支援を要請している。

実際に、イラン製の軍事ドローンはロシア軍のウクライナ侵攻のために開発されたものではなく、イランにとっては敵国であるイスラエルを標的にして使用することを念頭に開発されたものだ。そのためロシア軍がウクライナで使用しているイラン製の軍事ドローンの攻撃力、破壊力についてはイスラエルのメディアも強い関心を示している。

▼ウクライナ軍がイスラエルに対して防空システムの提供を要求

ハマスからのミサイル、攻撃ドローンの9割を迎撃していたイスラエルのアイアンドーム。新しいアイアンビーム

イランの兵器のほとんどは1979年まで続いた王政時代にアメリカから購入したもので、現在はアメリカとの関係悪化による制裁のためアメリカから購入できないので、特にドローン開発に注力している。イランの攻撃ドローンの開発力は優れており、敵国であるイスラエルへも飛行可能な長距離攻撃ドローンも開発しており、イスラエルにとっても脅威である。イスラエルのガザ地区の攻撃の際にはパレスチナにドローンを提供してイスラエルを攻撃していたと報じられていた。またイランでは開発したドローンを披露するための大規模なデモンストレーションも行ってアピールもしていた。

イスラエルにはドローン迎撃のためのアイアンドームやアイアンビーム、さらには地対空ミサイルなどが既にある。2021年5月から約3000発のハマスからのロケット弾や攻撃ドローンの9割をアイアンドームで迎撃していたと報じられて、実戦においてもアイアンドームの精度の高さを見せつけていた。アイアンドームは地上にいる人たちや建物への攻撃を回避させダメージを最小化させることができて、ハマスからの攻撃ドローンやミサイルを迎撃してイスラエル国土防衛に貢献していた。

またイスラエル軍は2021年にレーザービームによる実証実験も行い、1キロメートル先の上空の攻撃ドローンを撃墜していた。この時、イスラエルのベネット首相は自身のツイッターで「イスラエルはついに新たな『アイアンビーム』のテストに成功しました。これは世界初のエネルギーを元にした兵器システムで上空のミサイルや攻撃ドローンを1回の発射につき3.5ドル(約500円)で撃墜できます。SF(サイエンス・フィクション)のように聞こえますが、リアルです」と語っていた。

このようなイスラエルの防空用の軍事技術は、イラン製の軍事ドローンが日々攻撃してくるウクライナにとってもすぐにでも欲しいものだ。

▼イスラエルの「アイアンビーム」

▼イスラエルの「アイアンドーム」

数日前からイスラエルを意識

ウクライナ軍は数日前にも、公式SNSで「イランとロシアの2か国は"ならずもの国家"です。イランの軍事ドローンの次の標的になってしまうのはどこの国ですか?今こそ、イランの軍事ドローンの攻撃をやめさせる時です」と訴えていた。次の標的になる国は明らかにイスラエルであることを示唆している。

そしてユダヤ人の出で立ちをした人の写真とともにウクライナ軍はどのようなテロリストにも負けないと公式SNSでアピールしていた。

▼イスラエルへの軍事支援を示唆する呼びかけを行うウクライナ軍

▼「次の標的はどこの国でしょうか?」と問いかけるウクライナ軍

ユダヤ系ゼレンスキ―大統領の呼びかけにも応じず

ウクライナ軍はイスラエルに対して一方的に秋波を送っているが、イスラエルはロシア・ウクライナそれぞれとの関係を考慮してウクライナ紛争については中立であり、表面上は冷静である。ユダヤ系のゼレンスキー大統領がロシアの軍事侵攻直後の3月に、イスラエルの国会でビデオ演説で「イスラエルのミサイル防衛システムは世界で一番強いことを誰もが知っています。イスラエルの皆さんは必ずウクライナの人々と、ウクライナに住んでいるユダヤ人の命を救うことができます」と軍事支援を呼び掛けたが、イスラエル政府は中立な立場を維持している。

ゼレンスキー大統領はイスラエルの国会でのビデオ演説で、ロシア軍の侵攻をナチスドイツがユダヤ人を大量虐殺したホロコーストになぞらえて「ロシアは、ウクライナへの侵攻をナチスドイツがユダヤ人絶滅の際に使った『最終的解決(Final Solution)』という言葉を使用している」と訴えていた。だがこの演説でホロコーストについて触れたことがイスラエルのユダヤ人たちをウクライナ支援からますます遠ざけてしまった。

ゼレンスキー大統領自身がユダヤ人で、祖父がホロコースト生存者である。だが、このゼレンスキー大統領の演説で、ロシア軍のウクライナ侵攻をホロコーストになぞらえていることに対しては、多くのイスラエルの国会議員や市民が異を唱えていた。彼らにはとっては、ホロコーストとはナチスドイツによって約600万人のユダヤ人が殺戮された事件のみであって、他の事件と比較すべきではないというのがイスラエルのユダヤ人の主張である。ホロコーストは「the Holocaust」(theがついて大文字のHから始まる)と表記されて、ユダヤ人がナチスドイツによって虐殺されたホロコースト以外にはない「世界に唯一のもの」という意識が強いので、ロシア軍のウクライナ侵攻をホロコーストに例えることを許せなかったユダヤ人は多かった。だからと言ってイスラエルがロシアを支援することもない。

ウクライナのゼレンスキー大統領はユダヤ系ではあるが、決してウクライナだけに肩入れもしていない。イスラエルには戦後に主に欧州やソビエト連邦(ロシア)からのユダヤ人らがやってきた。ロシアから来たユダヤ人、ウクライナから来たユダヤ人がイスラエルには多くいる。ロシアからは冷戦後にも多くのユダヤ人が移民でやってきた。

彼らは自分たちや祖先が住んでいた国を支援しているわけではない。例えばポーランドやリトアニア、西欧諸国からイスラエルに来たユダヤ人の多くは今回の紛争ではウクライナに同情的である。ロシアから来たユダヤ人はロシア人から迫害、差別されていたし、ウクライナから来たユダヤ人はホロコーストの時代にはナチスドイツだけでなく多くのウクライナの地元住民もユダヤ人殺害に加担していたこともありロシアやウクライナに対する感情もそれぞれの出自や家族の経験によって複雑である。

イスラエルの国防の根底にある「二度とホロコーストの犠牲にならない」

ウクライナでは1918年~1919年の1年間に1200件ものポグロム(ユダヤ人集団殺害)が行われ、その3分の1以上がウクライナ国民軍によるものだった。そして第二次世界大戦時にはナチスドイツの親衛隊は誰がウクライナ人で、誰がユダヤ人かの区別がつかなかったので、地元のウクライナ人らにユダヤ人狩りをさせて連行させ、射殺させた。ウクライナでは根強い反ユダヤ主義が歴史的に続いていたため、多くのウクライナ人がナチスドイツに協力したし、ナチスドイツの命令を断ることができなかったウクライナ人も多かった。ナチスによって殺害されたユダヤ人の財産を強奪し、彼らの家を占領するウクライナ人が後を絶たなかった。そしてホロコースト時代最大の大量虐殺と言われているバビ・ヤールでは1941年9月に3万人以上のユダヤ人が射殺された。地元のウクライナ人がユダヤ人を処刑場所に連行し、逃げられないように見張っていた。このような組織的大量虐殺も地元のウクライナ人の協力があったからこそ遂行できた。ナチスドイツはウクライナで85万~90万人のユダヤ人を殺したと推定されている。そのためホロコースト時代にウクライナに住んでいたユダヤ人にとっては、ナチスドイツの手先となってユダヤ人殺害に加担していたウクライナ人は大嫌いで思い出したくもないという人も多い。当時の生存者らの多くが他界しているが、生存者らの経験や証言はデジタル化されて今でも語り継がれている。上記のようなユダヤ人の出で立ちをした人と仲良く手を取り合っている写真を見せられても「宗教が違うというだけで隣人だったユダヤ人を長年にわたって散々差別、迫害して、さらに大量虐殺に加担してきたのに、今さら何を・・」と嫌悪感を覚えるユダヤ人もいる。

このようにイスラエルのユダヤ人と言っても決して一枚岩ではなく、ウクライナとロシアに対してそれぞれの複雑な思いがある。イスラエルの国土防衛と安全保障の根底には「二度とホロコーストを繰り返さない。二度とユダヤ人が大量虐殺の標的にされない」という強い信念がある。イスラエルでは徴兵に行く若者たちがホロコースト博物館でホロコーストの学習をしたり生存者の体験を聞いたりして、ユダヤ人として国家防衛の重要性を学んでいる。戦後にイスラエルを建国してから、二度とホロコーストの犠牲にならないという強い想いで陸海空サイバーの全ての領域における安全保障と国防、攻撃から防御まであらゆる防衛産業を強化してきた。そのような思いを根底にして開発してきたイスラエルの強力な防空システムを、かつてユダヤ人殺害にも加担してきたウクライナが求めている。

このようにウクライナやロシアに対しては複雑な感情を持っているイスラエルのユダヤ人だが、現在のイスラエルにとっての敵はイランである。イランの軍事ドローンが本来の標的であるイスラエルに向けられるようになる前にイスラエル政府はウクライナ軍の要請に応じて防空システムの試験運用をウクライナで行うのだろうか。

▼イラン製軍事ドローンによるキーウ攻撃

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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