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ドイツで2021年に反ユダヤ主義の事件29%増3027件:SNSで拡散「コロナはユダヤの陰謀説」

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

ドイツの連邦憲法擁護庁は昨年2021年の1年間にドイツで起きた反ユダヤ主義に関する事件が、2020年の1年間と比べて29%増加の3027件だったことを発表した。2021年は2351件だった。直接的なユダヤ人への暴力はほとんどないが、たとえば公の場所にナチスのシンボルだった鉤十字の落書きがされたり、SNSなどネットで反ユダヤ主義の投稿が目立ったりしている。特に2021年5月のイスラエルとパレスチナの紛争の時にはパレスチナを支持する人たちからの反ユダヤ主義的な行動が高まっていた。

ドイツでは第二次世界大戦時にユダヤ人の殲滅を政策に掲げており、ナチス支配下の地域ではユダヤ人は「労働を通じた絶滅」が行われ、約600万人のユダヤ人が殺害された。いわゆるホロコーストだ。現在、ドイツではホロコーストを否定することは禁止されているが、現在でも欧米やアラブ諸国では反ユダヤ主義が根強く「ホロコーストはなかった」「ユダヤ人はそんなに殺されていない」といったホロコースト否定論者が多い。そしてそのようなホロコースト否定に関する投稿はネットやSNSにも多く、あっという間に拡散されている。特に若い人たちはSNSでのホロコースト否定の情報を鵜呑みにしてしまう傾向が強い。

直接的な暴力事件だけではなく、SNSでの反ユダヤ主義の書き込みは凄く多い。当局が把握できないものを含めるともっと多くの反ユダヤ主義の事件はSNSにはある。Facebookは2020年10月にホロコースト否定に関する投稿を一切禁止し、発覚したらすぐに削除することを明らかにしていた。

世界的にもまだ根強い反ユダヤ主義によるホロコースト否定や反ユダヤ主義に関するSNSへの投稿は多い。露骨にホロコースト否定や反ユダヤ主義に関する内容であれば、すぐに削除もできる。だが、そのようなわかりやすい投稿ではなく、隠語や仲間内でしかわからないような言葉、新しい表現などで投稿されることも多く、全てのホロコースト否定の投稿を削除することは容易ではない。

例えば、「88」という数字の羅列をよく見かけるが、これはナチスドイツの総統だったヒトラーを称える「ハイル・ヒトラー」のことである。「Heil Hitler」(ハイル・ヒトラー)の頭文字「H」がアルファベットで8番目であることから、「88」で「ハイル・ヒトラー(Heil Hitler)」を表している。説明されないと何のことか、理解しがたいかもしれないが、ネオナチの隠語で、反ユダヤ主義の強い欧米では、ユダヤ団体のSNSなどに「88!」が書き込まれては、すぐに削除されている。日本ではSNSなどで「888888・・」と書いて拍手(拍手のパチパチの擬音語)を表現することがあるが、欧米では「ハイル・ヒトラー」の連呼の隠語である。

他にも「6MWE」と4文字が書かれているが、これは「6 million was not enough」の略で、ホロコーストで殺害されたユダヤ人が「600万人では十分でなかった」、つまりもっと殺害されていれば良かったということを表現している。また「あんなことはなかった」といった文脈からでしか推測できないような表現が多く、そのような投稿をSNSから削除していくことは至難の業である。

そして2021年の反ユダヤ主義のSNSへの投稿の特徴は新型コロナウィルスはユダヤ人が作って拡散したという何の根拠もない陰謀説である。欧州ではもう何百年にもわたって何の根拠もない「ユダヤの陰謀」がある。何か事件や悪いことがあると何でもユダヤ人のせいにしてしまうような傾向があり、どれも全く根拠がなく笑ってしまうような内容が多い。

インターネットや携帯電話のなかった時代からユダヤの陰謀はあっという間に流布して、そのたびにユダヤ人は暴力や誹謗中傷、差別迫害の対象に晒されてきた。むしろインターネットがなかった時代の方が正しい情報を調べることができなかったので、人づてや新聞、ラジオなどメディアが流布する根拠なき「ユダヤの陰謀」を信じやすかった。特にドイツでは戦前からユダヤ人はベルリンなどの大都市に住んでおり、ドイツ人口の1%にも満たなかった。そのため地方や田舎ではユダヤ人を見たことがないという人がほとんどだった。そのため、ユダヤ人がどういうものかもわからずに、陰謀説だけを妄信してしまう傾向が強かった。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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