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映画「縞模様のパジャマの少年」はホロコースト教育に適さない:英国の大学「非現実的でありえない話」

佐藤仁学術研究員・著述家
(The Boy in the Striped Pyjamas提供)

英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのホロコースト教育センターの調査によると、英国の学校のホロコースト教育で35%がフィクションの「縞模様のパジャマの少年」(原題:The Boy In The Striped Pyjamas)を使用しているとのこと。「縞模様のパジャマの少年」の本をホロコースト教育で使用しているのが29%、映画を使用しているのが26%とのこと。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのホロコースト教育センターでは「縞模様のパジャマの少年」は創作(フィクション)であり、現実的ではなく、ホロコースト時代に実際には絶対にありえなかった話であるため、ホロコースト教育で使用する際は注意が必要だと訴えていた。

映画「縞模様のパジャマの少年」は10年以上前だが日本でも公開されたことがあるので観たことある人も多いだろう。ネタバレになるのでスト―リーはここでは書かないが、最初から最後まで明らかにフィクションであり現実的ではない。特に最後のシーンのようなことはホロコースト時代のどの収容所でもありえなかった話である。

語り継がれるホロコースト「作り話」でも信じてしまう

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもしている。ホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく見るという大人も多い。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから日本では配信されない映画やドラマも多い。

ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元に2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴することも多い。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様パジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。史実を元にしていないが、子供が主人公のため、この2作品はホロコースト教育によく用いられている。

戦後75年が経とうとし、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を映画、動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画や映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。特にホロコースト映画はストーリー性があるので、子供向けのホロコースト教育には使用されやすい。クラスで映画や動画を視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れてる人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。

そして世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。そのため、フィクションである映画でも、それがあたかも歴史上、実際に起きたことのように思い込んでしまうことも多い。今回、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのホロコースト教育センターもそのようなことを危惧して注意喚起をしている。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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