東京オリンピックでショーディレクターを務める予定だった小林賢太郎氏が、過去のホロコーストをパロディにしていた件で、ユダヤ団体のサイモン・ウィーゼンタール・センターが2021年7月21日に抗議文を発表していた。ウィーゼンタール・センターのリリースなので、世界中でも報道されており、国内外でも炎上していた。

▼東京五輪に対する抗議文を伝えるウィーゼンタールセンターのツイート

二度とホロコーストを繰り返させないという強い信念のもとに

サイモン・ウィーゼンタール・センターは、ホロコースト生存者のサイモン・ウィーゼンタール氏が1977年にアメリカに設立した。

1908年にオーストリアで生まれたユダヤ人だったウィーゼンタール氏はユダヤ系というだけの理由でナチスドイツの差別・迫害の対象にされた。そして13の収容所を転々と移送され、何度も死にかけたが、どんな時でも人間として尊厳を保ち続けていた。戦後もホロコーストで犠牲となって死んでいった人々の尊厳と正義を取り戻すために、余生を費やした。

ウィーゼンタール氏は「ホロコーストは、ある日突然やってきたのではない。ナチスは何百年も続いてきた人々のユダヤ人への偏見を利用して、段階的にユダヤ人の権利を奪っていった。そしてプロパガンダを使って、ユダヤ人は人間以下の生き物だという考えを人々に植え付けていった。最初の頃ユダヤ人は、文明国であるドイツの国民が、ヒトラーのような狂信的な人物に惑わされることなど、まさかないだろうと思っていた。でも気が付いた時には、もう遅かった。最初からユダヤ人虐殺計画をガス室と焼却炉を使ってスタートしたのではない。小さな偏見が、最終的に恐ろしい悲劇を生み出す恐れがある」と語っており、日常の小さな差別やいじめが最終的には大量殺戮に繋がる危険性があることを危惧していた。彼の親戚80人以上がホロコーストの犠牲になった。戦後に生まれたウィーゼンタール氏の娘が9歳の時「学校の友達はみな、おじいちゃんやおばあちゃん、親戚がいるのに、なぜうちは誰もいないの?」と尋ねられ、返す言葉がなかったそうだ。

そして「2度とホロコーストの悲劇を繰り返さない」という強い信念を持って全世界の反ユダヤ主義やナチスに関わる動向を監視している団体である。戦後、ウィーゼンタールはオーストリアに戻ったが、そのオーストリアでも戦後もまだ反ユダヤの風潮は強かった。1958年に「アンネの日記」の演劇がウィーン州立劇場で行われていた時にも、「アンネ・フランクは実在しなかった!」「ユダヤ人が賠償金を取るためにでっち上げた話だ!」というオーストリアの若者が多かった。そこでウィーゼンタール氏はアンネ・フランク一家を逮捕した隊員を見つけて証言させたら、アンネ・フランクが実在していたことを証明できると考え、ウィーゼンタール氏は内務省に連絡し、調査するとの約束を取り付け、実際にアンネ一家を逮捕したことを警官のカール・ジルバーバウアーが認めた。そしてウィーゼンタール氏のナチス戦犯の追跡でも特に有名なのが元SS中佐アドルフ・アイヒマンの追跡で、1953年、アイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているとの情報をキャッチしたウィーゼンタール氏は、在ウィーンのイスラエル大使館経由でイスラエル本国に連絡をしていた。

欧米や中東では現在でも反ユダヤ主義が根強く、差別の標的にされやすい。同センターには現在でも多くのユダヤ人から多額の寄付が集まり、アメリカ各地や欧州、南米にも拠点があり、ネットやSNS上での反ユダヤ主義やヘイトスピーチ、ホロコースト否定なども徹底的に監視している。ナチスドイツの犯罪を追及する"ナチスハンター"としても徹底した監視を世界中で行っており、アマゾン・プライムで放送していた「ナチ・ハンターズ」というアメリカのフィクションドラマの中でも、アメリカに潜んでいる元ナチスがユダヤ人に追い詰められて「お前はウィーゼンタールか?」と尋ねるシーンもあった。そのように欧米でもナチスハンターの代名詞になっている組織でもある。また最近ではホロコーストの歴史を後世に伝えるための記憶のデジタル化にも注力しており、ドキュメンタリーの制作なども行っている。

2016年10月に日本のアイドル欅坂46がナチス風の衣装を着てコンサートを行った際にもプロデューサー秋元康氏とソニー・ミュージックに対して強い怒りを露わにし、謝罪を要求したり、2018年11月には、韓国の男性タレントグループ「BTS(防弾少年団)」がナチスドイツ時代のナチス親衛隊(SS)のシンボルマークがついた帽子をかぶっていたり、コンサートでナチス親衛隊を想起させる旗を掲げていたとして抗議文を発表していたのも同センターである。

▼生前のサイモン・ウィーゼンタール氏

写真:ロイター/アフロ