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ホロコーストで殺害された600万のユダヤ人の復讐:実話を基にした映画『復讐者たち』日本で公開へ

佐藤仁学術研究員・著述家
(c)2020 Getaway Pictures GmbH

ホロコーストで殺害された600万人のユダヤ人と同じ数のドイツ国民への復讐

2021年7月23日から映画『復讐者たち』が日本で公開される。ドイツとイスラエルの共同制作で原題は『Plan A』。ホロコーストを生き延びたユダヤ人が、ドイツ国民600万人を標的にした復讐計画を描くサスペンス。予告動画も公開された。

600万人という数字は、ホロコーストでナチスドイツによって殺害されたユダヤ人と同じ数。妻子を惨殺されたマックスはナチスの残党狩りを手伝ううちに、より過激な報復を行う組織「ナカム」(ヘブライ語で復讐の意味)に出会う。そこではナチスの残党だけでなく、殺害されたユダヤ人と同じ600万人のドイツ人を標的にした「PLAN A(プランA)」と呼ばれる計画が進行していた。史実を基にした映画。

監督のドロン・パズとヨアヴ・パズは「ナチスに家族や同胞を殺害されたことで、かつては人生を謳歌していた人々が何百万人もの命を奪うことを願う人間に変わってしまったという事実を重点において描いた」とコメントしている。予告動画には「ドイツ人たちは私たちの悲鳴を聞いてたの。目には目を。600万人には600万人」をという台詞が収録されている。

▼『復讐者たち』予告動画

毎年制作されるホロコースト映画と記憶のデジタル化

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもしている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。

ホロコースト映画は史実を基にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を基に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を基に2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。実話を基にしている『復讐者たち』もこちらだ。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。

ホロコースト教育では活用されないユダヤ人の復讐劇

戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れてる人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。

史実を基にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴することも多い。但し、ホロコースト教育で活用されるのはユダヤ人の悲劇を伝えた内容のものが多い。いわゆる"お涙ちょうだいもの"の映画だ。現在でも欧米では反ユダヤ主義が根強く、ユダヤ人は差別されやすい。また黒人やヒスパニック、新型コロナウィルス以降はアジア人も差別や迫害の対象にされやすい。そこでホロコースト教育ではユダヤ人が差別されて迫害された当時の歴史を伝えることによって、現在の民族憎悪やヘイトスピーチをやめさせることも狙いの1つだ。そのため憎悪でナチスに復讐するテーマの映画はホロコースト教育では扱いにくく、『復讐者たち』のようなユダヤ人が復讐を行うテーマの映画はほとんど使われない。また戦後にナチスを追及するような映画『検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男』『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』も欧米のホロコースト教育ではあまり利用されない。イスラエルの国防の根底には「二度とホロコーストの悲劇を繰り返さない。ユダヤ人があのような犠牲になることは許さない」という強い意志があるが、そのような現在のイスラエルの強さや軍事力もホロコースト教育では伝えられることはほとんどない。

そして世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく見るという大人も多い。

(c)2020 Getaway Pictures GmbH & Jooyaa Film GmbH, UCM United Channels Movies,  Phiphen Pictures, cine plus, Bayerischer Rundfunk, Sky, ARTE
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学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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