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アウシュビッツ絶滅収容所で働いていた親衛隊とドイツ軍、家族のための食堂を修理して保存へ

佐藤仁学術研究員・著述家
アウシュビッツで働いていた親衛隊やドイツ軍のための食堂跡地(FPMP提供)

1942年3月に作られたドイツ人のための食堂、戦後は倉庫として活用

第二次世界大戦時にナチスドイツが支配下の地域でユダヤ人を差別、迫害して約600万人のユダヤ人、ロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。そのホロコーストの象徴的な存在の1つがアウシュビッツ絶滅収容所。アウシュビッツ絶滅収容所では欧州からのユダヤ人やロマ、政治犯ら110万人以上が殺害された。アウシュビッツ絶滅収容所は現在でも世界中からの観光客や欧米、イスラエルの学生らが社会科見学で訪問しており、2019年には過去最高の230万人以上がアウシュビッツ絶滅収容所を訪問していたが、2020年は世界規模でのパンデミックの影響で、アウシュビッツ絶滅収容所博物館も一時閉鎖しており、昨年の訪問者数は52万人程度だった。

ユダヤ人らが収容されていた収容所の跡地は保管されて現在でも多くの観光客が訪れている。だがユダヤ人の収容所以外にも、アウシュビッツ絶滅収容所で働いていたドイツの親衛隊(SS)やドイツ軍の家なども周囲には残っている。その中で、当時アウシュビッツで働いていたドイツの親衛隊とドイツ軍、その家族のための食堂が戦後75年以上が経って建物の老朽化も進んできたので取り壊しの話が出ている。だが、ポーランドのアウシュビッツ周辺の記憶を保存していこうという目的で8年前に設立された団体「Foundation of Memory Sites Near Auschwitz-Birkenau (FPMP)」によってホロコーストの歴史の証言の1つということで、取り壊さないで保存していこうという取組が進められている。660万ユーロ(約8億6000万円)かけて修理、保存、展示していく予定。

「歴史的な犯罪に加担した彼らも、どこにでもいる普通のドイツ人でした」

ドイツの親衛隊とドイツ軍のための食堂は、1942年3月に作られた。当時4000人くらいの親衛隊とドイツ軍や軍事工場の人がアウシュビッツで働いていた。ユダヤ人らを選別して殺害したり、奴隷労働の管理・監視、生産物の輸送などをしていた。ドイツ軍と親衛隊のための食堂は戦後は倉庫として利用されていた。

同団体のダグマル・コピジャズ氏は「親衛隊やドイツ軍はここにやって来て、食べて、パーティをしたりコンサートを開いたり、お酒を飲んでいました。これらの記憶もアウシュビッツでユダヤ人らが殺害された影の部分です。この建物は当時アウシュビッツで働いていたドイツ人ら家族の集まる場所で、アウシュビッツでの仕事を忘れるためにここに来ていました。アウシュビッツでの彼らの仕事はユダヤ人らを殺害することでしたが、このような歴史的な犯罪に加担した彼らも、どこにでもいる普通のドイツ人でした」と語っていた。親衛隊やドイツ軍は家族をドイツから連れてきて、アウシュビッツ絶滅収容所の近くの家に住んでた。ドイツ人らはそこで一般的な家庭生活を送り、毎朝絶滅収容所に出勤して、ユダヤ人らを選別・殺害、強制労働の管理を行っていた。この食堂も仕事が終わった後に、ドイツ人で集まって食事をしたり、お酒を飲むための憩いの場所だったようだ。アウシュビッツ博物館のスポークスマンのパウェル・サウィッキ氏は「歴史的な観点からも、かつて親衛隊やドイツ軍の社交の場所として使っていた食堂は興味深いです」とコメントしている。

戦後70年以上が経過しホロコースト生存者らの高齢化も進み、多くの人が他界してしまった。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。またホロコーストの犠牲者の遺品やメモ、生存者らが所有していたホロコースト時代の物の多くは、家族らがホロコースト博物館などに寄付している。欧米では主要都市のほとんどにホロコースト博物館があり、ホロコーストに関する様々な物品が展示されている。そして、それらの多くはデジタル化されて世界中からオンラインで閲覧が可能であり、研究者やホロコースト教育に活用されている。いわゆる記憶のデジタル化の一環であり、後世にホロコーストの歴史を伝えることに貢献している。

だが、加害者である親衛隊やドイツ軍、さらに一般市民も戦後もホロコーストに加担していたことが罪に問われるため、証言はホロコースト生存者よりも少ない。ドイツでは被疑者10万人以上にホロコースト時代の行動調査が行われ、約6500人に対して有罪判決が言い渡された。1978年には戦争犯罪の時効が廃止されたため、現在でもホロコーストやナチスに加担した人の裁判が行われている。ドイツの親衛隊やドイツ軍の行動を辿ることができるのは、ほとんどが裁判の記録か被害者で生き伸びることができたユダヤ人らの証言である。このようなドイツの親衛隊やドイツ軍が利用していた食堂が後世に残されるのは貴重な歴史的遺産である。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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