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フランスが所有していたクリムトの絵画、ホロコーストで犠牲になったユダヤ人所有者の家族のもとへ

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

2015年に制作・公開された映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』(原題:Woman in Gold)は、画家のグスタフ・クリムトが描いた絵画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」(「黄金のアデーレ」)をナチスドイツに奪われたマリア・アルトマン氏が戦後にオーストリア政府と裁判を行って絵画を取り返すという実話に基づく映画だった(下部に映画予告編動画を掲載)。

フランスにあったクリムトの絵画で戦前にナチスドイツの手に渡った絵画「樹下の薔薇」の持ち主でホロコーストの犠牲者だったノラ・スティアスニ氏の家族のもとに返されることになった。フランスの文化省のロズリーヌ・バシュロ氏が発表した。「樹下の薔薇」は1904年から1905年ごろに描かれた絵画で、1911年にノラ・スティアスニ氏の叔父でオーストリアに住んでいたユダヤ人のコレクターだったヴィクトール・ズッカーカンドル氏が購入し、その後、オーストリアに住んでいたノラ・スティアスニ氏が所有していたが、ナチスドイツがオーストリアに侵入してきた1938年に、二束三文で買いたたかれて絵画を奪われた。戦後も絵画商が所有しており1980年にスイスのギャラリーからオルセー美術館に移された。ノラ・スティアスニ氏は1942年に移送させられたポーランドで家族とともに殺害された。

フランスの文化省のロズリーヌ・バシュロ氏は「フランスが所有しているクリムトの唯一の絵画なので、返還の決断までは明らかに大変なこともありました。しかし持ち主の家族のところに戻るのが当然です。フランスにとっても家族のところに戻すことを誇らしく思います」と語っていた。

第二次世界大戦の時に、ナチスドイツが支配下の欧州で約600万人のユダヤ人を殺害した、いわゆるホロコースト。ナチスドイツは「労働を通じたユダヤ人の絶滅」を遂行していたため、ナチスドイツは占領下地域でのユダヤ人から絵画や宝石などあらゆる財産を没収した。戦後になってホロコースト生存者のユダヤ人らが収容所から帰還してきても、もう家は地元の人に奪われていることが多く、帰る場所もなかった人がほとんどだった。特にポーランドなどでは反ユダヤ主義が根強く、戦後に生還して戻って来たユダヤ人をポーランド人が虐殺する事件が相次いだ。また収容所から生還したユダヤ人らも地元に戻らずに、アメリカやイスラエルなどに移住をする人も多かった。戦後しばらく経ってから少しずつナチスドイツによって没収された財産への対応が始まったが、所有者だったユダヤ人が殺害されていることも多く時間がかかった。今回のクリムトの絵画も約80年経って、持ち主だったユダヤ人の家族に戻ることになった。

絵画などナチスドイツらに没収されてしまった財産は、このように長い年月を経てホロコースト犠牲者の家族らに戻ってきている。だがホロコーストの犠牲になったユダヤ人らの遺品やメモ、手紙、当時の食器や洋服など辛うじて残った思い出の日常品などは生き残った家族や親せき、友人らが所有していることが多かった。当時、迫害されていたユダヤ人はゲットーでは家のあらゆる物を売って食糧を手に入れなくてはならなかったため、ほとんどの家財がなくなってしまった。また収容所ではあらゆる物を没収されてしまったため、歴史的な絵画や宝石でなく些細な日常品や手紙だけでも残された家族や生存者にとっては貴重な思い出の品であった。

だが戦後70年以上が経過しホロコースト生存者らの高齢化も進み、多くの人が他界してしまった。そしてそのようなホロコーストの犠牲者の遺品やメモ、生存者らが所有していたホロコースト時代の物の多くは、家族らがホロコースト博物館などに寄付している。欧米では主要都市のほとんどにホロコースト博物館があり、ホロコーストに関する様々な物品が展示されている。そして、それらの多くはデジタル化されて世界中からオンラインで閲覧が可能であり、研究者やホロコースト教育に活用されている。いわゆる記憶のデジタル化の一環であり、後世にホロコーストの歴史を伝えることに貢献している。特に新型コロナウィルス感染拡大によるロックダウンで多くの博物館が閉鎖されてしまってからは展示物のデジタル化が加速されている。

▼映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』予告編

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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