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ホロコースト生存者の2人 ヨム・キプルのオンラインイベントで71年ぶりに奇跡の再会

佐藤仁学術研究員・著述家
71年の時を経てリアルに再会した2人(ブランドシュピーゲル氏提供)

生存者キャンプで別れてから71年ぶりの再会

 第二次世界大戦時にナチスドイツが約600万人の欧州のユダヤ人を殺害した、いわゆるホロコースト。ユダヤ人らは戦後も離散してバラバラになってしまっていた。2020年9月末に開催されたユダヤ教の祝日であるヨム・キプル(贖罪の日)のイベントがZoomでオンラインで開催された。例年であればユダヤ教が集まるシナゴーグや親せき、友人の家庭などで祝われるが、今年は世界規模の新型コロナウィルス感染拡大の影響で、ヨム・キプルのイベントもオンラインで開催されていた。

1949年にオーストリアのホロコースト生存者キャンプで撮影された2人(ブランドシュピーゲル氏提供)
1949年にオーストリアのホロコースト生存者キャンプで撮影された2人(ブランドシュピーゲル氏提供)

 そのオンラインのヨム・キプルのイベントで、ホロコースト生存者のルス・ブランドシュピーゲル氏と、同じくホロコースト生存者のイスラエル・サシャ・アイゼンベルグ氏が70年以上の時を経て再会することができた。通常のシナゴーグや友人の家庭でのヨム・キプルのイベントでも、ホロコースト時に生き別れた人たちに会うことは難しいが、オンラインで開催され多くのユダヤ人が参加したことから2人は奇跡の再会に至った。

1948年のオーストリアのホロコースト生存者キャンプでの2人の家族(ブランドシュピーゲル氏提供)
1948年のオーストリアのホロコースト生存者キャンプでの2人の家族(ブランドシュピーゲル氏提供)

 彼らの家族はポーランドの同じ町の出身で、2家族ともにナチスドイツのポーランド侵攻に伴ってソ連に避難したが、2家族ばらばらでシベリアの収容所にソ連軍によって送られてしまった。アイゼンベルグ氏はシベリアの収容所で生まれた。その後、彼らを含む2家族は終戦直後にオーストリアのホロコースト生存者のキャンプに送られて生活をしていた。終戦直後には家や家族を奪われて収容所から解放されて行き場のなかったユダヤ人のためのキャンプが欧州のあちこちにあった。彼らはそこで1949年まで過ごしていた。戦後は渡米して現在ではアメリカに住んでおり、71年の時を経て2020年9月末に行われたヨム・キプルのオンラインでのイベントで2人はZoomの画面越しで奇跡の再会を果たし、その後実際に2人で米国ニュージャージー州でリアルに対面した。

Zoomに慣れているホロコースト生存者

 ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っていた。だが高齢化が進み、博物館や学校などに行くのが困難になってきていた。そのため最近欧米ではホロコースト生存者の当時の経験をインタビューして動画やホログラムで保存して、後世に残していこうとする、いわゆる記憶のデジタル化がもの凄い勢いで進められている。

 今回、2人の再会はZoomがきっかけだった。新型コロナウィルス感染拡大によって欧米ではロックダウンが進み自宅から外に出られなくなると、ホロコースト生存者らはZoomを通じて学校の授業で学生や、一般の方々に向けた講演会で話をするようになった。そのため、ホロコースト生存者の多くは高齢でありながらも、家族らに教えてもらいながらZoomの操作には非常に明るい人も多い。彼らは新型コロナウィルス感染拡大前には学校や博物館に行くのは高齢で肉体的にも大変になっていたが、自宅からZoomで当時の体験談を語れるということで、元気に家で座りながら当時の経験を世界中に伝えている。また新型コロナウィルス感染拡大前であれば、その博物館や学校に行かないと聞けなかったホロコースト生存者の貴重な体験談を世界中のどこにいても聞くことができるようになったのは世界中の歴史学などの研究者にとってもプラスでもある。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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