アマゾン『ナチ・ハンターズ』にアウシュビッツ博物館・ショア財団が「正確な歴史を伝えるべき」

「Hunters」(Amazon)

 アマゾン・プライム・ビデオで2020年2月から放映されているアマゾンオリジナル動画『Hunters』がある。日本語での字幕・吹き替え版もあり日本のアマゾン・プライム・ビデオでも『ナチ・ハンターズ』というタイトルで放映されている。舞台は1970年代アメリカで、第2次大戦時にナチスに迫害されていたユダヤ人らがナチハンターとしてアメリカに逃亡してきたナチスたちにリベンジをしていくストーリーでフィクションである。名優アル・パチーノの演技も見どころの作品。

アウシュビッツ博物館「正確な歴史と情報を伝えるべき」

 このフィクションである『Hunters』で報じられたシーンに対して、アウシュビッツ博物館が「アウシュビッツで行われたことに対して正確に伝えるべきです。収容所の看視兵によって囚人同士がチェスゲームで殺し合いを行わせたような危険でバカげた嘘の情報を伝えるべきではありません。このような内容は将来にわたってホロコースト否定論者を生み出します。我々はホロコーストの犠牲者に対して敬意を払い、正確な歴史と情報を伝えていくことを尊重します」と訴えた。

USCショア財団「続編は作らないように訴えたい」

 またホロコーストを題材にした映画『シンドラーのリスト』の映画監督でユダヤ人のスティーブン・スピルバーグが寄付して創設された南カリフォルニア大学(USC)のショア財団ではホロコースト時代の生存者の証言のデジタル化やメディア化などの取組みを行っている。ショア財団のディレクターのステファン・スミス氏は「ホロコーストの生存者らは正義と真実を求めているのであって、復讐を望んでいるのではありません。ドラマではナチスと犠牲者について正しく表現していません」と訴えた。スミス氏は、ドラマの中で復讐でユダヤ人が元ナチスをガスシャワーで殺害するシーンについて「ユダヤ人はナチスをガスで殺したことはありません。歴史の真実と創作話を混同させるべきではありません。ホロコーストの犠牲者と生存者に対して大変失礼なことであり、ホロコースト否定論者が喜ぶだけです。アマゾンには『Hunters』の続編は作らないように訴えたいです。ドラマの制作者が、ホロコースト生存者らのリアルな話に真剣に耳を傾けていたならば、このような幻想的なストーリーにはならなかったでしょう」と語った。

フィクションと映像から想起される記憶へ

 実際に、戦後にはドイツから多くのナチス幹部らがアメリカに渡り、科学技術分野、対ソ連での諜報分野で活動していた。それについては『ナチスの楽園: アメリカではなぜ元SS将校が大手を振って歩いているのか』(エリック リヒトブラウ 著・徳川家広訳、新潮社、2015年)という本でも詳しく紹介されている。また、戦後アメリカではホロコースト生存者のサイモン・ウィーゼンタール氏が設立した『ウィーゼンタール・センター』のように、「2度とホロコーストの悲劇を繰り返さない」という強い信念を持って全世界の反ユダヤ主義やナチスに関わる動向を監視している団体もある。2016年10月に日本のアイドル欅坂46がナチス風の衣装を着てコンサートを行った際にもプロデューサー秋元康氏とソニー・ミュージックに対して強い怒りを露わにし、謝罪を要求したのも同センターだ。

 ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマだ。史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元に2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様パジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。アマゾンの『Hunters』も言うまでもなく後者だ。

 ホロコーストでは約600万人のユダヤ人、ロマ、政治犯らが殺害された。そのうち110万人がアウシュビッツ絶滅収容所で殺害された。そのアウシュビッツ博物館や南カリフォルニア大学ショア財団といったホロコーストの研究機関が『Hunters』に対して嫌悪感を示し、歴史的事実と異なるとクレームをしている。『ライフ・イズ・ビューティフル』や『縞模様パジャマの少年』のようなフィクションに対しては、ヒューマンドラマであり明らかにフィクションであることもわかる内容だったことからクレームにならなかった。だが『Hunters』ではホロコースト生存者であるユダヤ人らが戦後に、ナチスに復讐をしていくというストーリーも、生々しく「創作」されていることから『Hunters』を見た人たちの中から「ホロコーストなんて歴史には存在しなかった」と主張するホロコースト否定論者が増えることも危惧している。

  戦後75年が経とうとし、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。アマゾンの『Hunters』のように映像と内容が強烈でインパクトが強いと、人々の記憶にも残りやすく、ホロコーストのイメージがその映像と作り話(フィクション)を元に形成されてしまう。映像による誤った記憶の形成だ。特にアマゾン・プライム・ビデオのように世界中でネットで配信しているドラマは視聴者も多く影響力も大きい。

 アウシュビッツでは残虐非道が繰り返されていたということは史実であるが、ドラマの映像での印象から「アウシュビッツでは看視兵が囚人たちで殺人チェスゲームをやらせていた」「戦後、アメリカではユダヤ人らが元ナチスをガスで殺害した」と思い込んでしまう。ホロコースト時代が舞台になっているフィクションでは、実際の史実ではなかった強烈な「作り話」だけが人々の記憶に残りやすく、正確な情報や史実が伝わらなくなってしまい、ホロコーストの記憶と歴史が加害者、被害者側の両面からも塗り替えられてしまうことをアウシュビッツ博物館や南カリフォルニア大学ショア財団は懸念している。

▼アウシュビッツ博物館はツイッターでも『Hunters』の内容について訴えている。

▼『Hunters』オフィシャルトレーラー

▼『Hunters』Super Bowl CM

▼『シンドラーのリスト』

▼『戦場のピアニスト』

▼『ライフ・イズ・ビューティフル』

▼『縞模様のパジャマの少年』