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Facebook、ドイツで6か月間に362件のヘイトスピーチを削除:1704件のクレーム

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

ヘイトスピーチを削除しないと60億円の罰金

 ドイツでは2017年6月に、ソーシャルメディア(SNS)がヘイトスピーチの投稿を削除しない場合には、最大5000万ユーロ(約60億円)の罰金を科す法案が可決された。法務大臣Heiko Maas氏が2017年3月に法案を提出し、約3か月後に可決された。「NetzDG」という法律だが、ドイツでは「Facebook法」とも呼ばれている。

 ドイツでは2015年あたりからシリア、アフガニスタンからの難民が急増したことに伴い、SNSへのヘイトスピーチの投稿も増加。メルケル首相もSNSに対してヘイトスピーチ、人種差別を煽るような発言の投稿について対応の強化を促していた。2015年12月にはFacebook、TwitterなどのSNSはヘイトスピーチの投稿があった場合は24時間以内に削除することに合意していた。

 Facebookのグローバル・ポリシー・ソリューション担当のバイスプレジデントのRichard Allan氏は、2018年上期(1月~6月)で、ドイツにおいて1704件のヘイトスピーチに関する投稿削除依頼やクレームを受け、そのうち362件の投稿を削除したことを明らかにした。Facebookではドイツでは65人のスタッフがクレーム対応に応じており、削除された投稿で一番多かったのが「相手を誹謗中傷する内容」に関するものだった。

ドイツでは、もはやマイノリティでない移民・難民

 第二次大戦中にナチスによるユダヤ人やロマの差別迫害で600万人以上のユダヤ人が殺害された。ナチス時代のドイツの人口は約6700万人で、ユダヤ人は全人口の1%以下の約50万人しかいなかった。殺害されたユダヤ人のほとんどは占領地域のポーランドや東欧諸国。当時、日常生活においてユダヤ人と接点があるドイツ人は少なかったし、現在と違って情報伝達手段も限定的だったため、ユダヤ人迫害に対してあえて無関心を装うこともできた。現在のように外国人の移民・難民のようにどこの街でも遭遇できるようなものではなかった。

 そして、ナチスの反省からドイツでは難民・移民に対して寛大であり、受け入れる経済的余力も他のヨーロッパ諸国よりはある。特に2015年だけでシリアやアフガニスタンを中心に1年間に110万人以上もの難民・移民がドイツに流入。このような難民・移民の存在に不安や不満を感じるドイツ人も多い。またドイツ人だけでなく、以前にドイツにやってきた中東やアフリカからの移民らは、自分たちの仕事を新たに来た移民や難民に奪われるのではないかという不安を持っている人も多い。新たに来た移民や難民は生活基盤の安定のために仕事が欲しいから、安い賃金でもいいから働きたいと思っているので、以前からドイツにいた移民らにとっても脅威である。もはやドイツでは移民・難民がマイノリティの存在でなくなった。ミュンヘンやフランクフルトなどの大都市の駅前などでは、もはやドイツ人よりも移民系の人ばかりを見かけるので、どこの国にいるのかすらわからないと感じることも多い。

難しい線引きとバランス

 2015年12月31日には、ケルンで若い男性集団が女性たちを取り囲んで金品強奪や性的暴行事件が650件以上も発生。被害に遭ったと警察に届け出た女性は600人以上に達した。加害者には難民申請者が多かったことから、大聖堂でお馴染みのケルンの街で新年を祝うためのお祭りが、ドイツ史上に名を残すような大事件になってしまった。この事件以降、ドイツ人の移民に対する怒りや不満は減少していない。彼らの怒りや不平不満の捌け口としてソーシャルメディアが活用されており、ドイツでのヘイトスピーチ関連の投稿は1年で112%増加した。

 明らかに人種差別を煽るようなヘイトスピーチや誹謗中傷の投稿ならすぐに削除も可能だし、投稿者の意図もわかりやすい。だがヘイトスピーチの意識がなくとも、移民増加に対する日常の不安、不満をSNSに書き込み、それに同調する人も多く、それらの書き込みは、あっという間に拡散されていく。また他の民族、人種の異なる文化や習慣に対する些細な気持ちも、それが助長すると差別や隔離に繋がることもある。

 そしてヘイトスピーチはマジョリティ(多数側)がマイノリティ(少数側)に対して憎悪を表すことがほとんどだったが、現在のドイツでは移民・難民が増加し、社会のあらゆるところに入り込み、もはやマイノリティの存在ではなくなっている。ナチス時代のユダヤ人の存在と現在のドイツ社会では状況が全く異なる。

 このような「日常の不平不満」や「異文化への戸惑い」は表現の自由の領域かもしれない。誰もがスマホから簡単に自分の思いをSNSに投稿できるようになって久しいが、どこからが「ヘイトスピーチ」で、どこまでが「日常の不平不満」や「異文化への戸惑い」といった表現の自由なのか。その線引きはますます難しくなってきている。実際、1704件のクレームや削除依頼があったが、明らかにヘイトスピーチと断定されて、削除されたのは362件のみである。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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