ホロコースト生存者の証言をVR動画で:マウントハウゼン強制収容所での地獄を再現
南カリフォルニア大学のショア財団研究所(The USC Shoah Foundation Institute)は1994年に映画監督スティーブン・スピルバーグ氏の多額の寄付によって設立された。ナチ時代に約600万人のユダヤ人やロマ、政治犯などが殺害されたホロコースト。スピルバーグはホロコースト時代を舞台にした映画「シンドラーのリスト」の監督としても有名。同研究所では20年以上にわたって、ホロコーストに関するあらゆるデータや証言を集めたり、様々なテクノロジーを活用してホロコースト教育の教材開発や啓発活動などを行っている。
ショア財団では、仮想現実(VR)を活用し、ホロコースト生存者が当時収容されていた強制収容所で、当時の思い出や証言を語る動画を撮影する。360度あらゆる角度から撮影してVRで表現することによってリアリティを出していく。
マウントハウゼンの「死の階段」で証言
ホロコーストの生存者で92歳になるEdward Mosberg氏が、1944年に収容されていたオーストリアのマウントハウゼン強制収容所で、当時の証言を語り、VRで表現していく。ショア財団が製作する。
同氏が収容されたマウントハウゼン強制収容所は、花崗岩採掘の採石場があり、そこでは囚人たちが重たい石材を担ぎ186段もある「死の階段」と呼ばれた石の階段を登って、石材を丘の上まで運ばされた。途中、サディスティックな看守の暴行で石段から突き落とされて、多くの囚人が殺害された。ナチの親衛隊は階段の頂上にたどり着いた囚人をわざと突き飛ばして、後ろに続く囚人たちがドミノ倒しのように次々に後ろに倒れてゆき、ついには石切り場に激突して絶命していった。Edward Mosberg氏も当時、ここで石運びをさせられていたが、幸運にも生き延びることができた。同氏はホロコーストで家族全員を殺害された。同氏の経験や想いを証言として語りながら、当時の収容所の様子や現在の跡地をVRで再現していく。
進む記憶のデジタル保存
デジタル技術の進展によって、ホロコーストの教育や保存にVRが活用されてきている。アメリカ在住で92歳のEdward Mosberg氏はとても元気だが、ホロコーストの生存者は既に高齢であるため、記憶が鮮明で体力があるうちに記憶のデジタル化を進めようとしている。
VRでの描写だから写真や本よりは、リアリティはあるが、それでも強制収容所という地獄は100%再現できるわけではない。当時の強制収容所の臭い、温度、不衛生な環境、恐怖や悲しみといった人々の感情、飢え、強制労働、暴力、虐待、殺害といったEdward Mosberg氏らが体験したマウントハウゼン強制収容所での地獄を本当に再現し追想できるのは体験者だけだ。現代の我々に求められるのはVRから当時の様子を思い描く想像力だ。
以前にもVRで表現「The Last Goodbye」
ホロコースト生存者の証言を収容所でVRで撮影するのは、初めてではない。ショートフィルム「The Last Goodbye」というマイダネク絶滅収容所の生存者である85歳のPinchas Gutter氏が収容所を訪問したVR映画を発表。同作品は2017年4月に開催されたトライベッカ映画祭で公開。ルミエール賞2018でVRドキュメンタリー賞を受賞した。
Gutter氏の証言を元に16分にまとめられた短いVRフィルムで、2016年7月から撮影が開始され、30,000枚以上の写真を元にVRで当時の様子を再現。Gutter氏も収容所跡地を訪問して証言や解説をした。Gutter氏は解放後、何回も収容所を訪問したが、これが最後の訪問になるだろうということでフィルムのタイトルは「The Last Goodbye」となった。
▼「The Last Goodbye」
▼Edward Mosberg氏は現在でも多くの式典に出席して当時の経験や思いを語っている。