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「ライセンス・バック」方式を議論する③

佐藤丙午拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長
(写真:イメージマート)

○「戦場で日本製の兵器が使用される」とは?

 防衛産業問題を勉強していると、戦場で使用される兵器は、一種の性能証明を受けるようなものであり、ポジティブな評価を与えられるケースが多い。しばしば、「米国は防衛産業を維持するために定期的に戦争をする必要がある」であるとか、「ロシアや欧米諸国は自国の兵器の実験場として、中東やアジアの戦争を利用している」、という言葉を聞く。そこにロシアや欧米諸国の「意図」が存在するかどうかは、陰謀論を含めて不明だが、戦争が兵器システムの評価を受ける場であることは否定できない。

 重要な点は、日本が「ライセンス・バック」した製品が戦場で使用される潜在的な可能性を、どのように評価するか、である。もちろんこれは、潜在的な可能性であり、現実のものではない。実際に、北朝鮮のドローンなどに日本の企業が生産した民生品が使用された事例が報告されており、既に完成品以外の製品の戦争での使用の是非を議論する段階ではなくなっている。

 民生品の使用や、部品等までも戦争での使用の可能性をゼロにしたいのであれば、工業生産を完全に停止するか、国際貿易などを完全に遮断し、江戸幕府以上の「鎖国」を実施するしかなくなるだろう。つまり、「結果主義」の重視は、「引きこもり」を推奨しているに他ならない。ただ、日本国内には、広範な意味で「戦場で日本製の兵器が使用される」リスクを心配する勢力は多く、その漠然とした不安には対応する必要がある。

写真:アフロ

○「ライセンス・バック」での防衛装備品は戦場で使用されるか?

 この問題は、「ライセンス・バック」された防衛装備品が、どのように使用されるかに関わっている。

 まず、「ライセンス・バック」された製品の性格として、これらは相手国が既に保有している防衛装備であることが大前提になる。つまりこれは、新兵器の供与という形で、相手国の能力を向上させるものではなく、あくまで補助するものに過ぎない、ということである。

 相手国が日本に「ライセンス・バック」を求める場合は、その供給能力に限界があるか、その効率性が問題であることは先に述べた。供給能力の問題では、相手国が他の場面で当該防衛装備品を使用し、ストックが不足しているというケースも存在する。そして、相手国の防衛産業に追加生産能力がない場合、あるいはその装備品の生産の優先順位が低い場合、「ライセンス・バック」が重要な選択肢となる。

 この問題は誤解されやすい。とある国が防衛装備を製造する場合(またそれを使用する場合であっても)、国際人道法の下で規定される方式で製造過程で検証され、使用される場合も国際人道法に従うことが義務となる。このため、戦場での防衛装備の使用は、国際人道法に基づく限りは合法性が担保されることが予想される。国際人道法や人権法及びその原則等に準拠した行動をとる国への防衛装備移転に、法的な問題は発生しないと考えるのが合理的である。問題は政治的なハードルが中心になる。

 もちろん、国際人道法そのものに問題を指摘する声もあるが、武力の行使が国際的な規範やルールに従って行われる限り、そこでの使用手段を規制する規定は存在しない。

写真:イメージマート

○非合法的な使用とは?

 しかし、防衛装備が非合法組織やテロリストの手に渡る場合、そこには甚大なリスクが生じる可能性がある。2023年のハマスの対イスラエル攻撃で使用された兵器に日本製の製品や技術、あるいは兵器そのものが存在した場合、それはどこかで非合法移転が発生したことを意味する。

 それが発生したのが、日本から出る段階なのか、それとも日本国外での取引かが重要である。日本からの輸出は、安全保障貿易管理で厳格に規制されており、悪意の移転以外は、非合法移転の可能性は低いと言って良いだろう。つまり、もし問題が発生したのであれば、そこには第三国移転の問題が存在するということである。

 実際「ライセンス・バック」から、非合法な使用が発生する可能性の評価は難しい。そこには、日本が不注意にも、そもそも国際法を遵守する意思がない国の防衛装備品のライセンスを取得し、生産している場合があるだろう。このケースでは、相手国の行動を見て「ライセンス・バック」をしなければいい、というだけの話となる。ただ、米国がその「意思がない国」の一つだ、という主張も存在するが、これは政治的なポジション・トークを繰り返しているに過ぎないように見える。

 日本が防衛装備をライセンス生産する場合、相手国との安定的な関係が前提になり、そこには国際法秩序の遵守も含まれる。したがって、「ライセンス・バック」が法的な問題を引き起こすのは、相手国の政権が国際法を無視するような政権に交代する場合や、相手国が国際法を遵守する可能性の低い第三国に再移転する場合のみということになる。ただこれは奇妙なロジックであり、国際法秩序を遵守する国は、防衛装備移転についても武器貿易条約を含む各種国際規範に従った行動をとるため、紛争の当事国への移転の可能性自体が法的には想定しにくいことになる。

 すなわち、秘密の移転、合法性の判断の不十分さ(意図するかどうかは別に)、法的規範の無視、などの極端な可能性以外、「ライセンス・バック」は問題が発生しないことになる。つまりここで重要なのは、その「極端な可能性」の蓋然性と、もしそれが発生した場合の政治的な許容可能性をどのように評価するか、ということになる。したがって、発生の可能性を恐れるのではなく、許容可能性の条件をどのように設定し、相手に納得してもらうかが重要になる。

 目的外使用や第三国移転に関する事前同意の規定は、それ自体を拒否するのではなく、日本が許容できる条件を探る行為と解釈すべきである。

写真:つのだよしお/アフロ

写真:つのだよしお/アフロ

○与党WGの役割

 与党WTでの議論で悩ましい点は、ライセンス生産は日本の防衛生産の重要な手段であるため、その可能性を損なうような政策は採用できないということである。ライセンス供与国に、「ライセンス・バック」された製品が、国際法違反の戦争に使用される可能性があると主張することは、相手が国際法に違反する行為をとる可能性があると非難しているのと同義であり、これは相手を侮辱する行為に他ならない。そのような侮辱的行為や発言を繰り返す国に対して、そもそもライセンス生産を許すべきかどうかという議論が発生してもおかしくはないだろう。

 つまり、「ライセンス・バック」は、相互の信頼が存在することで成立するものである。相手が日本を非合法な使用や移転をしない国として信頼しているのに対して、日本は信頼してくれた国を信用しない、というのは、国際社会の信義に反する行為であるともいえよう。

 ただし、日本国内では、これは国際法の問題ではなく、使用されること自体の「感情」的な問題であると主張されることも多い。確かに「感情」は重要だと思う。ただ与党WTには、そのような「感情」も尊重しつつも、合理的な判断をすることを望みたい。

以上

拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長

岡山県出身。一橋大学大学院修了(博士・法学)。防衛庁防衛研究所主任研究官(アメリカ研究担当)より拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、国際関係論、安全保障、アメリカ政治、日米関係、軍備管理軍縮、防衛産業、安全保障貿易管理等。経済産業省産業構造審議会貿易経済協力分科会安全保障貿易管理小委員会委員、外務省核不拡散・核軍縮に関する有識者懇談会委員、防衛省防衛装備・技術移転に係る諸課題に関する検討会委員、日本原子力研究開発機構核不拡散科学技術フォーラム委員等を経験する。特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の自律型致死兵器システム(LAWS)国連専門家会合パネルに日本代表団として参加。

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