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「ライセンス・バック」方式を議論する②

佐藤丙午拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

○「ライセンス・バック」問題を「解凍」する

 防衛装備品の「ライセンス・バック」の問題の中核には、ライセンスによる防衛装備生産が各国の装備取得の主要手段になっていることがある。日本の防衛省・自衛隊が調達する防衛装備品の国産化比率は高いが、実際には自国生産に加え、外国の製品のライセンスを取得し、それを国内で生産しているケースが存在する。実は主要兵器システムの多くは、ライセンス生産によって支えられている。

 したがって、ライセンス製品は、日本国内で「改造」された部分を除き、部品や最終製品などは既に外国で生産・使用されているものとなる。ライセンスを保有する相手国政府や防衛産業は、その製品の性能を損なうことなく、場合によっては技術移転のリスクを最小限にした上で、製品の輸出が可能になる。通常、ライセンス製品のコアな技術は保護されており、これが「ブラックス・ボックス」技術と呼ばれるものとなる。

 その意味で、「ライセンス・バック」とは、事実上、相手国の保有する技術を使用して、日本が相手国のために防衛装備品を生産する、ということになる。そこでは、相手国政府がこの方式を受け入れる理由が重要となる。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

○需給バランスの問題

 まず、当該防衛装備品の需要が高く、自国の防衛生産能力に十分な供給能力がない場合が考えられる。既にウクライナ戦争の前から国際的な兵器システムへの需要は高まっており、米国でさえ防衛産業の供給能力の欠如が指摘されていた。米国がFMSで契約した製品を、期限通りに納入しないという不満は、日本だけでなく、国際的にも出されているが、この背景には需要と供給のバランスが崩れているという事情がある。

 供給能力を高めるためには、新規の設備投資等が必要になる場合があるが、既にライセンスを通じて当該製品を製造した実績がある国に製造を依頼するのは、需要が減退した後の余剰生産能力の問題を考えると、合理的な選択肢となる。日本の「ライセンス・バック」は、米国に限らず、各国の供給能力を補完するものとなる。需要が減退した後の余剰生産力は、必要以上に武器輸出を進める動機の一つになる。

写真:森田直樹/アフロ

○ライセンス保有国の事情

 次に、「レガシー」兵器の製造である。これは広い意味で需給バランスの問題の亜種とは言えるが、そこに存在するリスクを考えた時、少し注意深く考察する必要がある。

 相手国が日本に製造を許すライセンス製品は、最新のものに限られない。相手国では、国内での調達計画が終了したが、①過去に調達した製品の維持管理のために、何らかの方法で製造ノウハウを保存する必要、②自国は別の防衛装備システムを採用しているが、国際的に需要が存在し、そこにサービスを供給する必要、③安全保障や経済上の理由で、相手国に一世代前の(しかし相手国にとっては最新の)防衛装備システムを提供する必要、などが存在する。

 つまり、上記の②や③に関わる事情を考えると、相手国政府にとって防衛装備のライセンスは、自国の製品の技術競争力を損なうことなく、それを外交安全保障政策に活用する、重要な道具となるのである。ただし、これはライセンス生産を許した外国(本稿のコンテキストでは日本)が、自国の政策上の考慮を受け入れ、それに協力することが大前提になる。

 日本にとってみると、これはリスクが高い政策枠組みとなる。端的には、今後ライセンス生産を求める場合、「ライセンス・バック」を受け入れることが許可の条件になる潜在的な可能性が存在する。相手国政府や防衛企業が、経済的利益を優先する場合にはこれが条件化されるリスクは低いが、国際情勢が不安定になり、国際的な需要が高まる場合、外交安全保障上の考慮が全面に出てくるだろう。日本がこれを最初から拒否しているとすれば、ライセンスが発給されない可能性や、日本以外を包括的な意味での防衛生産ネットワークのパートナーに指定することで、日本のライセンス国産体制に大きな「穴」があくリスクが出てくる。

 ①の場合、日本の防衛産業は、事実上相手国の下請け的な役割を担うことになる。防衛生産のノウハウの蓄積や、経済的利益を考える場合、これは必ずしも悪い案件ではない。ただし、相手国の兵站能力を支え、それを通じて外交安全保障政策を支える重要なピースになることを同時に意味するため、相手国は日本にとって重要な同盟国に限られる必要がある。

写真:ロイター/アフロ

○国際的な「分業」体制への参加

 これら事情を考察すると、与党WTで検討されているのは、日本が防衛装備システムの調達でライセンス国産方式に依存する以上、現在出現しつつある防衛生産の国際的な分業体制に協力するか否か、という問題であることがわかる。

 日本は防衛装備移転三原則と運用指針で、国際共同生産に関する国際分業体制への参加を可能にし、また特にライセンス製品の部品等の米国への戻し移転を可能にすることで、様々なレベルでの協力関係の構築への道を開いた。その意味で、「ライセンス・バック」の検討は、国際的な防衛生産体制への参加の方策を開いたと言える。

 しかし、これら諸政策は日本の外交安全保障政策や防衛産業政策に対する効果を重視したものであり、相手国や外国の防衛産業の事情は十分に考慮されてこなかった面がある。国際的な安全保障環境の変化や、国際的な防衛生産体制の変動を考えると、日本は、国際的に防衛生産の分業体制が構築され、それが外交安全保障政策上活用されつつある中で、それに対して合理的で有効な協力国である必要がある。

 そしてそれが、日本の将来のライセンス国産体制を守ることにもつながるのだろう。役割分担、という言葉があるが、division of laborではなく、division of function(機能分業)と考え、それを受け入れることの価値は大きい。

 与党WTにおける「ライセンス・バック」は、この利益を、「戦場で日本製の兵器が使用される可能性」のリスクを上回る、と判断しているのだろう。

(③に続く)

拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長

岡山県出身。一橋大学大学院修了(博士・法学)。防衛庁防衛研究所主任研究官(アメリカ研究担当)より拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、国際関係論、安全保障、アメリカ政治、日米関係、軍備管理軍縮、防衛産業、安全保障貿易管理等。経済産業省産業構造審議会貿易経済協力分科会安全保障貿易管理小委員会委員、外務省核不拡散・核軍縮に関する有識者懇談会委員、防衛省防衛装備・技術移転に係る諸課題に関する検討会委員、日本原子力研究開発機構核不拡散科学技術フォーラム委員等を経験する。特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の自律型致死兵器システム(LAWS)国連専門家会合パネルに日本代表団として参加。

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