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賀来千香子が語る「テレビ女優」野際陽子と「冬彦さんの木馬」【野際陽子物語】

笹山敬輔演劇研究者
おわら風の盆(提供:イメージマート)

桑田佳祐と松任谷由実が肩を組み、踊り、歌う。2018年の大みそか、平成最後の『NHK紅白歌合戦』は二人のキッスと揺れる腰によって、大興奮のなか幕を閉じた。音楽の好みが細分化している現代において、サザンオールスターズとユーミンは残された数少ない「国民的歌手」だろう。

平成の30年は、テレビドラマから数々のヒット曲が生まれる時代だった。彼らもそれぞれ、平成を代表するドラマの主題歌を歌っている。『ずっとあなたが好きだった』の「涙のキッス」、『誰にも言えない』の「真夏の夜の夢」。両ドラマで主演を務めた賀来千香子は、次のように語る。

最初にお聞きしたときは驚きました。すごい方が引き受けてくださるドラマだと。二つのドラマは、野際さんと共演させていただけたことも含めて、私にとって宝物です。

佐野史郎演じる冬彦と、野際陽子演じる冬彦の母は、令和の時代になっても語り継がれている。時代を映すテレビドラマが、時代を超えた。伝説のドラマはどのようにして生まれたのか、「姑」野際陽子との本当の関係はどうだったのか、賀来千香子に聞いた。

冬彦が木馬に乗ったとき

賀来はレギュラー出演していたクイズ番組で野際と出会う。近づき難いところがあるのかと思っていたら、野際は気さくでフランクに接してくれた。『ずっとあなたが好きだった』で嫁姑役として再会したとき、賀来には最初から「ぴったりな予感」があったという。ドラマが始まると、「マザコン」で「オタク」の冬彦が話題を独占した。賀来は「冬彦さん現象」においても野際の存在が大きかったと語る。

佐野さんも野際さんでいらしたから、いろいろ膨らんだと思います。野際さんは振れ幅の大きさを受け止めたり、時には一緒に乗っかっちゃったり。それを楽しんでいらしたと思います。

ドラマが社会現象になるにつれ、撮影現場はますます勢いづいていった。終わってからもスタジオの高揚感が残り、出演者たちはすぐに帰らなかった。冷蔵庫からビールを出して一息つきながら、スタッフも交え、その日のシーンについてああだこうだ話して一日が終わる。

出演者とスタッフが互いにアイデアを出し、台本にないシーンも生まれた。その一つが、冬彦が木馬に乗るシーンである。賀来演じる美和が妊娠し、マンションに連れ戻されると、冬彦が昔遊んでいたおもちゃが実家から運び込まれていた。そこには、ミニカーや熊のぬいぐるみとともに、木馬が置かれていた。

佐野によれば、リハーサルではなかった木馬が、撮影当日に用意されていたという。それは、津川雅彦が経営していた玩具会社のグランパパから借りた高級木馬だった。佐野は誰に指示されるわけでもなく、自ら木馬に跨った。それを見て、賀来は思わず野際と目をあわせた。

あのシーンは強烈でしたね。テストのとき、私と野際さんは二人して笑いを堪えて。野際さんも「うちの冬彦がごめんなさいね」なんておっしゃってね(笑)。

木馬のシーンは、今もなおテレビのバラエティ番組で繰り返し放送されている。どんな気持ちか聞くと、賀来は「光栄です」と微笑んだ。

野際は自らを「テレビ女優」と語り、それ以降もテレビドラマの世界で活躍してきた。テレビドラマの魅力とは何だろうか。

テレビドラマには、瞬発力やフレッシュ感があるんだと思います。そのときの「今」を感じとって作っていけるところが、魅力じゃないでしょうか。野際さんは、そんなテレビドラマの軽やかさを楽しんでいらしたのかもしれません。ご自分を「テレビ女優」とおっしゃるところに、野際さんの矜持を感じますし、素敵なところですよね。

おわら風の盆へ

ドラマが終わってからも、賀来は野際と互いの誕生日にプレゼントと手紙を送り合った。「いつか一緒にご飯を食べましょうね」と約束していたが、互いに忙しく、二人だけでは実現しなかった。だから、旅番組で一緒にした旅行が忘れられない思い出になった。賀来は、野際が司会を務める『旅の香り』(テレビ朝日)で、野際の故郷である富山へ出掛けている。それはちょうど「おわら風の盆」の季節だった。おわら風の盆は毎年9月に富山市八尾町で行われるお祭りで、旧い街並みにぼんぼりが灯り、胡弓や三味線の調べとともに静かな踊りが繰り広げられる。

おわらはいつか見たいって、ずっと憧れていたんです。野際さんと色違いの浴衣を着て、旅館の上から見た情景は本当に素敵でした。野際さんの故郷に一緒に旅行できたのはうれしかったです。今でも天気予報で富山を目にすると、野際さんを思い出すんです。

2017年、二人は着物姿でそろって『徹子の部屋』に出演している。それは野際が亡くなる4ヶ月前だった。野際は病気を公表していなかったが、互いの事務所の社長が親しかったため、賀来は病気のことを聞いていた。

野際さんは、私が知っていることをご存じなかったと思います。お着物を着られるのもしんどかったでしょうけど、全くそんな素振りをお見せにならなかった。いつもプロフェッショナルでいらしたけれど、ちょっと切なさもありましたね。それが最後にお会いしたときです。

野際はいつも好奇心にあふれ、どんな現場も楽しんでいた。最近の流行やファッションに触れると、切れ長の目が可愛くなる。賀来はその姿が印象的だったと語る。

何事も楽しもうというモチベーションが、野際さんをキラキラ輝かせていたのかなって。野際さんは大ベテランで大女優でいらっしゃるのに、大女優然としていらっしゃらない。そんな軽やかな女性像が、私たちの心に残る野際さんじゃないかと思います。

賀来は舞台に出演したとき、野際から胡蝶蘭の柄ののれんをもらった。そののれんは、ずっと大切に使っている。

最後に、もし同じメンバーでの共演が叶うなら、どんなドラマに出たいかを聞いた。

そうですねえ、軽やかなものは望まないかも。またあんな濃密なドラマでご一緒させていただきたいです。終わった後の素敵なぐったりを覚悟でね(笑)。

(文中敬称略)

【この記事は北日本新聞社の協力を得て取材・執筆しました。同社発行のフリーマガジン『まんまる』に掲載した連載記事を加筆・編集しています。今回の続きとなる最新回は8月11日発行の『まんまる』に掲載しています。】

演劇研究者

1979(昭和54)年、富山県生まれ。筑波大学大学院博士課程人文社会科学研究科文芸・言語専攻修了。博士(文学)。専門は日本近代演劇。著書に『演技術の日本近代』(森話社)、『幻の近代アイドル史――明治・大正・昭和の大衆芸能盛衰記』(彩流社)、『昭和芸人 七人の最期』(文春文庫)、『興行師列伝――愛と裏切りの近代芸能史』(新潮新書)。最新刊に『ドリフターズとその時代』(文春新書)。

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