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米大学挑戦、佐々木麟太郎の決断に見る「選択」の多様性

佐々木亨スポーツライター
アメリカの大学進学を決断した佐々木麟太郎(著者撮影)

 2023年のプロ野球ドラフト会議が終わって数日が経った10月下旬、グラウンドの片隅にある小部屋で、夕暮れ時まで英語の勉強にいそしむ佐々木麟太郎の姿があった。野球の練習を終えてからのことなのだろう。ユニフォーム姿で、オンラインによる英語力の習得も試みながら、彼は今、未来に向かって歩み出している。

 花巻東高校のユニフォームを着て歴代最多の高校通算140本塁打を放った佐々木麟太郎は、プロ志望届を提出することなく、高校卒業後にアメリカの大学へ進学する決断をした。「ドラフト1位指名候補」が選んだ道に対して、日本の野球関係者の間では賛否両論が渦巻いた。加えて、アメリカの地でも「RINTARO SASAKI」の挑戦はメディアを通して広く報道されたという。とあるアメリカ大手のスポーツサイトでは、「比較、前例がない」と表現しながら、日本で注目された高校生スラッガーが決断したアメリカの大学進学について触れ、また、現地の大学生選手がどのようにMLBのドラフト指名を受け、その後のキャリアを積むのかなどを紹介したと伝え聞く。

 過去にも高校卒業直後にアメリカへ渡り、大学経由のMLB挑戦を試みた選手はいる。ただ、高校野球で確かな実績を残し、その能力をプロ野球、さらに日本国内の大学や社会人球界にも認められた「ドラ1候補」の実力者が、10代で海を渡り、しかも高いレベルでの勉学とスポーツの両立を前提とした文化を持つアメリカの大学へ進学することは、過去に類を見ない挑戦であることは間違いない。

将来の「可能性」と「選択肢」の幅が広がった

 野球の技術と同様に、人生における視野や知見を広げる。つまりは、自身の「可能性」を追い求め、18歳の彼は海を渡るのだ。語学力一つ取っても、簡単ではない現実が待ち受けているのは覚悟の上で、だ。

 たとえば、佐々木麟太郎が夏の甲子園大会を終えた9月に現地視察のために訪れたいくつかの大学は、全米における野球の成績はもちろん、学力的にも高いレベルを誇る名門校だ。そこにある最先端の設備と指導が整う野球専用施設は、まさに「野球に集中できる」環境と言える。強豪校と言われる4年制大学のほとんどが、MLBのそれと遜色のない、いやそれ以上とも言える充実した施設を持つのだという。学費や食事面をサポートする「特別待遇」も確立され、また、有望な選手へのバックアップ体制は充実しており、たとえば各メーカーが野球道具を無料で提供するなど、言わば「スポンサー」がつく中で大学生活を送ることも可能だと聞く。もちろん、日本国内の大学にも、スポーツ推薦枠での入学にともなう金銭的な支援など、いわゆる「特待」制度はあるし、専用グラウンドや室内練習場といった充実した施設を持つ大学は増えている。野球選手として「育つ」「磨かれる」という点では、もちろん日本プロ野球の環境は素晴らしい。施設や育成という面では充実したものがあり、将来が切り開かれて行く可能性はもちろんある。

 ならば、なぜアメリカの大学を選択するのか。

 たとえば、将来的にMLBでプレーしたいという「目標」があり、20代前半からその舞台で活躍するという「目的」があれば、いち早くアメリカの地へ行って語学や環境に慣れる。そして、「世界の最先端」が広がる練習環境で技量を磨くという発想は、何ら不思議でもなければ、ある意味では理にかなったものだと思う。米大学を経由して、日本プロ野球へ進む道だって可能性はある。若年層での異文化の生活は、確かにリスクもあるだろう。そこに、大学となれば英語をベースとした高度な勉学もあるのだから、簡単な話ではない。それでも、そこで養われるハングリーさと言うべきか、メンタルの成長は確かにあるだろうし、海外の大学を経験することで世界観は広がり、人間としての視野、言わば、将来的な人生の「可能性」と「選択肢」の幅が大きく広がることは間違いないだろう。

 それまでの慣習にとらわれることなく、個人の多様な選択と歩みがあっていい。佐々木麟太郎の決断は、そのことを改めて再認識させてくれたし、10代の若者に新たな道と可能性があることを示してくれたと思う。

 進学先は、まだ絞り切れていないのが実情だという。どんな将来が待っていようとも、すでにパイオニアとしての歩みを始めた佐々木麟太郎の新たな決断を、じっくりと待ちたい。

スポーツライター

1974年岩手県生まれ。雑誌編集者を経て独立。著書に『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社)、『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボール・マガジン社)など、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)などがある。主に野球をフィールドに活動するなかで、大谷翔平選手の取材を花巻東高校時代の15歳から続ける。

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