Yahoo!ニュース

アンバー・ハード、「アクアマン2」に出演はするが出番はわずか?予告編を読み解く

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「アクアマン」1作目のプレミアに出席したアンバー・ハード(写真:Shutterstock/アフロ)

 昨年春、ヴァージニア州でジョニー・デップとアンバー・ハードの名誉毀損裁判が始まる前から、ハードを「アクアマン」続編に出すなというオンライン署名運動は大きな盛り上がりを見せていた。6週間にわたる裁判では数々の証拠が出て、ハードは彼女自身が主張してきたようなDV被害者ではなく、逆にデップに日常的に暴力を振るっていた加害者だったのだと証明されたが、すでに撮り終わっていた続編「アクアマン/失われた王国」からハードのシーンが削除されるという話は聞かれないままだ。

 離婚を告げられたからと仕返しのために話をでっちあげ、デップの人生をめちゃくちゃにしたハードは、世界的な嫌われ者。映画にマイナスイメージを与えることが確実の彼女を、ワーナー・ブラザースはまだ出すつもりなのか。ずっと引きずられてきたその謎の答が、新しい予告編を通じて、少しだけ見えた。

 2分46秒ある予告編でハードが登場するのは、最後のほう。彼女は出ないのかと思っていたところへ、突然出てくる。1秒あるかどうかの短さで、なんとなく見ていたら見逃しそうだ。入れなくてもいいはずのこのショットをあえて入れたのは、ハードは出るということ、しかし出番は少ないということを伝えるためではないか。

 とは言っても、彼女が本編に登場するのは1秒ではすまないだろう。予告編の最初では、アクアマンことアーサー・カリー(ジェイソン・モモア)に子供が生まれたことが明かされており、メラ(ハード)の姿はきっと出てくると思われる。おそらく映画では、優しい母としてのメラや、仲睦まじい家族の様子が描かれるのではないか。だが、続編の話の中心がこのふたりの愛ではなく、アーサーとパトリック・ウィルソン演じるオームの“ブロマンス”であることは、予告編でも明らかだ。そのことについては、昨年の裁判でも、当時DC映画のトップだったウォルター・ハマダが証言している。あの裁判があってもなくても、ハードの出番は続編で大きく減ることになっていたのだ。

 ただし、その理由について、ハードと製作陣が語る内容は違う。ハードは、デップの弁護士アダム・ウォルドマンがメディアで自分に関するネガティブなコメントをしたためイメージダウンを受け、出演シーンを減らされたのだと訴えている(ヴァージニア州の裁判は、ハードが『ワシントン・ポスト』に書いた意見記事によって名誉を毀損されたとデップが訴え、対抗するハードがウォルドマンのコメントは自分の名誉を毀損したと逆訴訟したのをまとめて行われたもの)。一方で、ハマダは、1作目の撮影が終わって映像を見ている時から、ハードが主演スターのモモアに釣り合わないことに製作陣は頭を抱え、続編では別の女優を雇うことも検討したと証言している。つまり、ハードはミスキャストだったと言っているのだ。結局、ハードはクビにならなかったものの、続編では、カップルとして信憑性のないアーサーとメラではなく、アーサーとオームに焦点を当てることにしたのである。

 そもそも、ハードはこの役をもらえるはずでもなかった。役を取れたのは、大きなコネのおかげだ。「チャーリーとチョコレート工場」「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」「ダーク・シャドウ」「ブラック・スキャンダル」など数多くのワーナー作品に主演してきたデップは、超大作に出たことのないハードがスーパーヒーロー映画「アクアマン」に出たがっているのを見て、オーディションの後、スタジオのトップ3人に、個人的に電話をかけたのである。そしてスタジオは、自分たちにとって大事なスターのご機嫌を取ろうと思った。しかし、その結果、実力の伴わないキャスティングは最終的に悪い結果を招くのだということを、みんなが痛感することになってしまったのである。

裁判で証明されても、女性を悪者にするのを恐れる

 いまだにハードを映画に出そうとしているワーナーは、3年前、デップに対してまるで違う対応をしている。デップがイギリスでタブロイド紙を相手に起こした名誉毀損裁判に負けると、ただちに「ファンタスティック・ビースト」シリーズから降板させたのだ。裁判でDV男と認定された人物を映画に出すわけにはいかないというのは、当時、ワーナーとしては当然の判断だった。しかし、アメリカでの裁判でハードがDV加害者だと断定されても、同じ決断は下されていない。

 それは純粋に、ハードが女性だからだ。「#MeToo」運動が起きてから、「女性を信じよう」という風潮が高まったのは非常に良いことだが、批判されるのを恐れるメディアは、ハードのようにはっきり証明された場合でも、女性が嘘をついていたと言いたがらなくなった。それに、誰もが裁判を全部見たわけではないので、この判決に対する世間の受け止め方もひとつではない。証拠を見ていないせいで「でも、本当のところは他人にはわからないし」と言う人もいるし、陪審員がソーシャルメディアの影響を受けたのだという、ハード側の根拠ない主張を鵜呑みにする人もいる。それらの人たちから「女性蔑視」と言われるくらいなら、曖昧な態度のままでいたほうが無難だ。

 そんな状況を踏まえ、ハードを続編から削除して立場を明確にすることはせず、しかしハードの出番は少ないのだということを、予告編を通じて伝えることにしたのではないか。デップ支持者を完全に納得させることは無理だとしても、そうすることで大騒ぎは回避できたかもしれない。もちろん、蓋を開けてみたらかなりハードの出番があったなどということになれば騒がれるかもしれないが、その時までにはまだ2ヶ月半ある。

宣伝活動には顔を出すのか

 そこまでの間でもうひとつ注視されるのは、ハードが続編の宣伝活動に呼ばれるのかということ。今年7月なかばから俳優はストライキをしており、宣伝活動ができない状態にあるが、つい最近、脚本家組合(WGA)のストライキは終了し、今週月曜には全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)とスタジオ、配信会社の代表である全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)も話し合いを再開した。脚本家たちより話し合いに時間がかかったとしても、「アクアマン/失われた王国」が公開される12月下旬までには、さすがに終わっていると思われる。

 デップから「有名になりたいという野心でいっぱい」と表現されたハードは、注目してもらえる機会をくれる宣伝活動には、ぜひとも出たいに違いない。今年6月、裁判前に撮り終えていたインディーズ映画「In the Fire」が上映されたタオルミーナ映画祭にも、ハードは嬉々として出席していた。「アクアマン/失われた王国」の後、彼女には何も作品が控えていない。もしかしたら最後になるかもしれない映画の公開時を、彼女はどう過ごすことになるのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事