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「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」、ジョニデの手はCG。ロケ地で起きた酷すぎる出来事

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ロケの最中には酷い出来事があった(Walt Disney Studios)

「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」が、今夜「金曜ロードショー」で放映される。ジョニー・デップ演じるジャック・スパロウにお目にかかれるのは、いつだって嬉しいことだ。

 だが、驚くことに、シリーズ5作目にあたるこの映画のほとんどのシーンで、デップの手はCGで処理されている。撮影中、当時の妻アンバー・ハードによる暴力のせいで、右手の中指の先端が切断されるという大怪我をしてしまったからだ。

 その事件が起きたのは、2015年3月、デップが映画の撮影で滞在していたオーストラリアのゴールドコースト。デップとハードは1ヶ月前に結婚したところで、式を終えるとすぐデップはこの映画の撮影のために現地入りをした。ハードはロンドンで「リリーのすべて」の撮影準備があったため、やや遅れて3月頭に合流。しかし、久々に夫に会うというのに、普段から怒りっぽい彼女は、到着した時から機嫌が悪かった。デップの弁護士に、プレナップ(pre-nup)ならぬポストナップ(post-nup)について説明を受けたせいだ。

 アメリカでセレブリティや資産家が結婚する時、事前にプレナップと呼ばれる婚前契約を結ぶのは常識。結婚する前に離婚した場合の条件を決めておくなんてロマンチックじゃないと思うかもしれないが(オリジナルの『SEX AND THE CITY』にも、シャーロットが婚約者トレイにプレナップを言い出されてショックを受けるシーンがある)、離婚が珍しくないという事実を踏まえて身を守ろうとするのは納得できる。デップも結婚前、ハードに何度もプレナップの話を持ちかけたのだが、その都度ハードは話題を変えたり逃げたりして、先に進まなかった。そして挙句の果てには、署名を避けるため、突然結婚式の日取りを決めてしまったのである。

 だが、プレナップができなかったにしても、同じような契約を結婚した後に交わすポストナップというものがあったのだ。デップがオーストラリアに発ってから、デップの弁護士にポストナップの例を見せられると、ハードは「ジョニーがこんなことを言ってくるはずはないわ。ジョニーはこんなことを知らないはずよ」と言った。するとその弁護士は、「いえ、彼は全部知っていますよ」と言って笑ったのだという。

指先切断事件から8ヶ月後、2015年11月のふたり。この半年後に夫妻は破局する
指先切断事件から8ヶ月後、2015年11月のふたり。この半年後に夫妻は破局する写真:ロイター/アフロ

 侮辱されたと感じたハードは、デップに会うと、その怒りを思い切りぶつけてきた。「弱虫。弁護士の言いなりになりやがって」と叫んだかと思うと、「私はあなたの遺書にも入っていない」とも言ってきた。いつものパターンで、言葉の暴力はすぐ肉体面での暴力を伴い始め、これまたいつものように、デップは、製作陣が彼のために借りてくれていた豪邸の別の部屋へ逃げた。しかし、彼女は追ってきてドアを激しく叩いてくる。それでまた別の部屋やバスルームに移り、ということを繰り返した末、ようやくハードは諦めてくれたようで、静けさが戻ってきた。

ウォッカのボトルを投げつけられる

 彼女の攻撃にすっかり気持ちをやられてしまったデップは、階下にあるバーに行き、椅子に座って、ウォッカのショットを2、3杯あおった。それまでしばらく断酒をしていたのだが、やっていられなくなったのだ。そこへハードが階段を降りてきた。デップの姿を目撃すると、彼女は「また飲んでいるのね!」と言い、近くにあったウォッカのボトルをつかんでデップに向けて投げつけた。そのボトルがデップの頭をギリギリで避けて後ろで砕けると、デップは対抗するかのようにバーの中に入り、もっと大きなサイズのウォッカのボトルから新たにグラスに酒を注いだ。するとハードはデップに酷い言葉を弾丸のように畳み掛けながらそのボトルをつかみ、またもやデップに投げつけたのだ。それはデップの手に命中し、大きく砕けた。

 その瞬間、デップは、痛みではなく、熱のようなものを感じた。気がつくと、手からは血が流れていて、中指の先が失われ、骨が飛び出している。放心状態になったデップは、指先から流れる血で落書きを始めた。そんな中でも、ロサンゼルスからロケに着いてきてもらっていた主治医に連絡し、病院に連れて行ってもらう。ちぎれた指先はキッチンで発見され、ただちに病院に届けられたが、くっつけることはできず、デップは手の再構築を専門とする医師に診てもらうべく、ロサンゼルスに戻ることになった。

デップの包帯が取れた2015年9月、揃ってトロント映画祭に出席した夫妻
デップの包帯が取れた2015年9月、揃ってトロント映画祭に出席した夫妻写真:ロイター/アフロ

 オーストラリアの病院で、なぜこんな怪我をしたのかと聞かれると、デップは嘘を答えている。本当のことを言って大騒ぎになるのを避けたかったのだ。デップが撮影中に急にロサンゼルスに帰国するということは業界サイトでニュースとして取り上げられたが、当時、本当の理由は誰も知らず、どうやら撮影現場ではないところで指に怪我をしたらしいということくらいしか報道されなかった。

大きな包帯を巻いたまま撮影を続けることに

 手術は無事終わったが、指にはとても大きな包帯が巻かれることになった。包帯が取れるのは数ヶ月後で、撮影はその状態でやらなければならない。それで、製作陣は、指と包帯にグリーンの粒をつけ、ポストプロダクションで包帯を消し、普通の指を作ることにしたのだ。

 予定になかったこのCG作業、それに、デップがロサンゼルスに1ヶ月以上も戻ってスケジュールに遅延が出たせいで、思わぬ予算がかかってしまうことになった。それでも映画は全世界で8億ドル弱を売り上げ、デップには6作目の話が持ちかけられている。しかし、ハードがDV被害者として「Washington Post」に寄稿した意見記事のせいで、その話は無くなってしまった。昨年4月に始まった名誉毀損裁判は、その記事をめぐるものだ。この裁判でも、先に行われたイギリスでの裁判でも、ハードは、オーストラリアでデップが指先を切断したのは自分のせいではないと主張。それだけでなく、オーストラリアで自分はデップから肉体的かつ性的な暴力を受けたのだとも訴えている。

 ポストナップに署名がされることはなく、2016年の離婚交渉で、ハードはデップから700万ドルを手にすることになった。そのお金をすべてチャリティに寄付するとハードは早くから公言し、後には「本当に寄付した」と述べたが、実際にはほとんど寄付されないままだった。その事実は、名誉毀損裁判でデップの弁護士から激しく追及されることになる。

 この裁判はデップの圧倒的な勝利に終わり、ハードはデップに1,035万ドル、ハードから逆訴訟をされていたデップはハードに200万ドルを支払うよう言い渡された。判決に納得がいかないハードは控訴をし、デップは受けて立つも、昨年末、両者は、ハードがデップに100万ドルを払うことで和解。デップはこのお金を、大きな病気を抱える子供たちの夢を叶えるMake-A-Wishなど5つの非営利団体に平等に分けて寄付すると発表している。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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