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ハリウッドのストライキ、日本人俳優の声。「未来のためにも、ここでやらないと」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「配信会社は数字を見せるべきだ」という渡辺浩太郎さん(筆者撮影)

 全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)がストライキを始めて、ほぼ1ヶ月。暑い中でも毎日、俳優たちは、5月からストをしている脚本家たちと共にメジャースタジオや配信会社のオフィスの前でデモ行進を続けている。その中には誰もが知っている有名俳優もいるし、日本に生まれ育った俳優もいる。

「Netflixストライキ」とも呼ばれるこのストライキは、配信の台頭でビジネスモデルが変化し、作品数が増えたにもかかわらず俳優や脚本家たちの収入が減ってしまったことで起きたものだ。大きな原因は、レジデュアルと呼ばれる印税にある。出演した映画がテレビ放映されたり、DVDになったりするたびに俳優にはレジデュアルが入ってくる。それは、仕事のない時も多い俳優にとって、非常に貴重だ。だが、配信会社は視聴回数を反映したレジデュアルを払うことをしないのである。また、そもそものギャラが物価上昇に追いついていないという問題もあるし、テクノロジーが進む中、スタジオや配信会社が俳優をスキャンして使い回すことでAIに仕事が奪われてしまうことも彼らは懸念している。

 俳優たちがメジャースタジオやNetflix、Amazon、Appleなどを代表する全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)に対して要求する項目には、それらに加え、自撮りによるオーディションについての新たなルール作りなど多数が含まれる。しかし、SAGとAMPTPの意見はかけ離れたままだ。

 ストライキが長引くのは、誰にとっても辛い。それでも、俳優という職業の将来のために、彼らは闘っている。ピケットラインにいる日本人俳優たちに、生の声を聞いた。

配信は抜け穴を作ってギャラを下げてくる

 配信シリーズ「コブラ会」などに出演してきた香里菜知子さんは、東京都出身。日本の大学を卒業後渡米し、ロサンゼルスのリー・ストラスバーグやプレイハウス・ウエストなど、いくつかの演劇学校で演技を学んだ。「みんなが就職活動をしている時に、私はハリウッドに行きますと言って、親も説得しました。こちらは演技法というのがきっちりあって、それらを学んでみたかったし」。

 アメリカで映画やテレビに出るなら、SAGに加入していることが必要。SAGの会員証を持つことは、ハリウッドで俳優を目指す人にとって最初の一歩だ。香里菜さんは、コマーシャルの仕事でSAG会員証を得た。

「演劇学校を卒業した後、1年間プラクティカルトレーニングビザが出て、その間に事務所を探していたら、『ちょうど良いのがある』と(オーディションに)応募してくれたんです。それが、レオナルド・ディカプリオが出る日本のコマーシャルでした。そのオーディションに受かって、いろいろ書類を書き込んでいたら、『あなたSAGに入っていないの?』と驚かれて。SAGに入っていなきゃいけなかったのかとこちらも驚きましたが、その時のギャラを全部入会金に注ぎ込んで入りました。まだAFTRA(米テレビ・ラジオアーティスト連盟)と合併する前で入会金が安い時だったから、ラッキーでした」。

 SAGに入るとSAGが決める最低賃金が保証されるほか、健康保険、年金などの福利厚生もある。しかし、組合員である大きなメリットのひとつは、プライドを持てることだと、香里菜さんはいう。

「トム・クルーズみたいな人は別として、多くの俳優は仕事がない時が多いじゃないですか。その間もモチベーションを持ち続けて自分でトレーニングを受けたりしていかないといけない。自分は女優なんだと自覚を持っていくことが大切なんですよ。俳優組合に入っているというのはハリウッドの仲間に入れてもらっているという証明で、プライドにつながる。今回のストライキみたいなことがあれば、上下関係なくみんな協力するし、そういう意識が作品の質にもつながると思うんですよね」。

 そうやって組合に守られてきた香里菜さんも、配信の台頭の中で悪い変化を実感してきた。

「テレビはレジデュアルがしっかりしています。NBCのようなメジャーネットワークも、ホールマークのようなケーブルチャンネルでも、お金の心配をしたことはないです。配信はまだ新しいから整理されていないのかなと最初は思ったりしていましたが、よく考えるとこれだけ流れているのにレジデュアルが来ないなんておかしいですよね。最近、声の仕事をふたつしたのですが、そのひとつがNetflixで配信されるリアリティ番組の吹き替えで、正しいギャラを払ってくれるもうひとつの作品と値段が全然違ったんですよ。仕事内容は同じなのに。しかも、SAGによる(最低賃金違反の)ペナルティもないということ。Netflixの下請けから来た説明を読むに、どうやら新しいカテゴリーを作ることで通ったみたいです。ルールの合間を縫ってうまくやっているんでしょう」。

 俳優や脚本家たちは、配信会社のトップは巨額の報酬をもらっているのに、コンテンツ作りに貢献している自分たちを安く使おうする姿勢に対して怒りを感じている。香里菜さんも同感だ。

「役者や脚本家にちゃんとお金を払わないで、やたらコンテンツを大量生産して、今になって『お金がない』なんて。頭がシリコンバレーなのかもしれませんが、ハリウッドは役者、脚本家、監督、各部門のスタッフみんなで作っていくコミュニティなんだから、そこを守ってくれないのは困ります」。

「同じ仕事なのにギャラを下げられたら、きちんと払ってくれている人たちにもフェアではない」と語る香里菜知子さん(筆者撮影)
「同じ仕事なのにギャラを下げられたら、きちんと払ってくれている人たちにもフェアではない」と語る香里菜知子さん(筆者撮影)

どれだけの人が見たのか、数字を見せて欲しい

 富山県出身の渡辺浩太郎さんは、2019年の「名探偵ピカチュウ」に声の出演をしたほか、アンナ・ファリス、アリソン・ジャネイ主演の人気シットコム「Mom」にゲスト出演するなどの仕事をこなしてきた。上智大学在学中に交換留学で学んだミネソタの大学で演技のクラスを取り、26歳で渡米してニューヨークの演技学校に入学。プラクティカルトレーニングビザが出てまもなくグリーンカードの抽選に当選し、ロサンゼルスに移住した。

 SAGの会員証をもらったのは、2004年に出演したコマーシャル。AMPTPと関係がないため、このストライキ中もコマーシャルの仕事は許される。それでも、この分野ですら、条件は以前より悪くなった。アメリカのコマーシャルは流れるたびにレジデュアルが出るのだが、最近では必ずしもそうではなくなったのだ。

「昔みたいに1回流れるごとに払ってくれるのは、今ではメジャーネットワークだけですね。かつてはケーブルチャンネルもそうしてくれていたんです。もっとも、20回目以降、50回目以降と、たくさん流れていくたびに額は減っていくんですが。今だと、ケーブルやインターネットの場合、1年分としてまとめて大きな金額を払ってくれる形。SAGの俳優を使うコマーシャルが最近減っているので、SAGとしてはもっと組合員を使ってもらうための妥協だったのかと思うんですが、僕は反対でした。もっと強く出て欲しかった」。

 配信のレジデュアルに関しても、前回の契約交渉でSAGは強く出なかった。しかし、今回は、ここは譲れない点としてSAGは粘り続けている。

「何年も前に初めてNetflixの仕事をした時に金額見て、これはないだろうと思ったんです。CBSやABCのようなメジャーネットワークと全然違うんですよ。最初の出演料は似たようなものなんですけど、その後が。どう計算しているのかわからないし、やたらと低くて、もうNetflixとは仕事したくないと思いました。今回、組合は、配信される作品が生み出す収益の2%をよこせと言っていますが、それは良い要求だと思います。それに、数字を出して欲しいですね。どの作品をどれだけの人が見ているのかという数字。それが隠されちゃっているので」。

 もうひとつ大事なのは、AIの件。「映像でも、あるいは声だけの利用でも、あれを許すわけにはいかない」と渡辺さん。また、近年、とりわけ最初の段階では自撮りオーディションが一般的になってきたせいで、俳優に負担が増えているとも指摘する。

「自宅でやらせるようになって、プロダクションの人たちは2億5,000万ドルも節約できているらしいです。でも俳優側にしたら、撮ってもらうために人を雇わなきゃいけなかったり、ちゃんとした部屋がなかったりして、出費が増えるわけですよね。それ、全部僕たちの責任ですか?そこは考えて欲しい」。

実際にボディスキャンをさせられたことがある

 東京都出身の坂本マリさんは、バックグラウンドアクターとして活動する。完成作には映っていないが、現在世界で大ヒット中の「バービー」でも仕事をした。SAGの健康保険に入るには年に2万6,000ドルを稼がなければならず、87%の俳優は資格を満たせていないのが実情ながら、坂本さんはバックグラウンドの仕事だけでそこをクリアできている。それどころか、毎年、最低でもその倍以上を稼げているそうだ。

「日本で(エキストラを)募集していた時に一度やったら本当にお弁当だけでしたが、ハリウッドではエキストラという呼び方もしないし、キャストの一員として扱われます。日本みたいにボランティアとか、事務所に所属する人でも3,000円や5,000円とかいうことはありません。私みたいに毎日やっていたら、これで生活できるんですよ。『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』、『ザ・ルーキー 40歳の新米ポリス!?』、『STATION 19』ではレギュラーになったんですが、レギュラーだと仕事をしていない日もギャラが出るんです。バックグラウンドアクターにもレギュラーがあるということ自体も驚きだと思いますけれど」。

「自分自身のためにも、未来のためにも、おかしいことは変えていかないと」という坂本マリさん(筆者撮影)
「自分自身のためにも、未来のためにも、おかしいことは変えていかないと」という坂本マリさん(筆者撮影)

 高校時代にホームステイ体験をするなど、もともと海外志向が強かった坂本さんは、20代最後の年にカリフォルニア州オレンジ郡のコミュニティカレッジに留学。その時のルームメートがSAGの会員で、一緒にスティーブン・スピルバーグ監督の「A.I.」で10日間バックグラウンドの仕事をすると、たちまち撮影現場の魅力にはまった。その後も毎日のように仕事があり、楽しい時期を過ごすも、日本に帰国し、映画会社に勤務。しかし2011年の震災で、人生は一度しかないのだからやりたいことをやろうとアメリカに戻ることを決意。すると幸いにもグリーンカードの抽選に当選し、バックグラウンドの仕事でやって行くための道が開けた。

 SAGの会員証を手にしたのは2018年の3月。バックグラウンドの仕事はSAGに入っていなくてもできるが、入っているとギャラが高い。組合から「守られている」と感じている坂本さんは、今回のストライキを支持している。

「私は撮影現場が大好きだし、正直(ストライキは)やらないで欲しかった。でも、AIの問題もありますし、ここでやらないと。私も、(Disney+の配信シリーズ)『ボバ・フェット』をやった時にボディスキャンさせてくださいと言われたことがあるんですよ。何かに署名させられることもなかったし、自分が働いた回で使われるのかなと思ったんですが、今になって、どこで使われているんだろうと思って。だから、自分自身のためにも、これから来る人たちのためにも、未来のためにも、おかしいことは変えていかないと。自分たちがパワーを持たなくちゃいけないんだと思っています」。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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