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「バービー」「オッペンハイマー」梯子観賞で、週末アメリカの映画館は大盛況

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
マーゴット・ロビー主演の「バービー」は北米で今年最高のオープニング成績を達成

 配信の台頭やコロナで苦戦を強いられてきた映画館ビジネスが、この週末、アメリカで突然ヒートアップした。21日(金)に公開された「バービー」(8月11日日本公開予定)と「オッペンハイマー」(原題:日本公開未定)に、人々が押し寄せたのである。あまりの繁盛ぶりに、ハリウッドのチャイニーズ・シアターは、午前6時(!)の回を追加したほどだ。95年の歴史を持つこの劇場がこんな時間に映画を上映したのは、初めてのことである。

「バービー」は、タイトル通り、昔からお馴染みの人形を映画にしたもの。監督はグレタ・ガーウィグ、主演はマーゴット・ロビーで、ピンクだらけのポップでキュートなビジュアルが示すように、主なターゲットは若い女性だ。この映画は北米だけで1億5,500万ドルを売り上げ、「ザ・スーパーマリオブラザース・ムービー」を抜いて今年最高のオープニング成績を達成した。製作配給はワーナー・ブラザース。

「オッペンハイマー」の主演はキリアン・マーフィ。ほかにマット・デイモン、エミリー・ブラント、ロバート・ダウニー・Jrらが出演する
「オッペンハイマー」の主演はキリアン・マーフィ。ほかにマット・デイモン、エミリー・ブラント、ロバート・ダウニー・Jrらが出演する

 一方、ユニバーサルの「オッペンハイマー」は、クリストファー・ノーラン監督による、「原爆の父」ことJ・ロバート・オッペンハイマーの伝記映画。R指定で上映時間3時間であるにもかかわらず、北米デビュー成績は8,000万ドルと、大好調だった。ヒットメーカーであるノーランのキャリアにおいて、これはスーパーヒーロー映画である「ダークナイト」に次ぐ2番目のデビュー成績だ。近年は重くシリアスな映画はふるわない傾向にあったが、さすがノーランのパワーといえる。

 ふたつのスタジオが公開日をぶつけてきたのは、それぞれのターゲットがまるで違い、客を奪い合うことがないから。いわゆるカウンター・プログラミングだ。しかし、今回の場合、どちらの映画も大きな話題を集めたあまり、客層が分かれるどころか、両方観に行こうという現象が起こり、「#Barbenheimer」というハッシュタグまでソーシャルメディアに飛び交うようになったのである。公開前から、全米劇場所有者協会は、この週末、北米で20万人が同じ日にこの2本を梯子すると予測していたが、実際それが起きたのだ。

 そのフィーバーぶりは、筆者自身も肌で感じた。「オッペンハイマー」を土曜日に観ようと、水曜日にふたつのシネコンを検索すると、前から2列を除きすべて満席。午前9時半の回でも同様だ。こんなに早い時間でここまで席が埋まっているのは見たことがない。結局、いつもすいていて、最近オーナーシップが変わったばかりの穴場的な映画館で後ろのほうで唯一残っていた2席を確保したが、当日行ってみると、いつもにない賑わいぶりだった。ロビーではピンクの服を着た女性客が多数目についたし、筆者の隣の席に座っていたカップルも、女性はいかにもバービーらしい服装だ。彼らもおそらく2本立てをするのだろう。

 これだけ大勢が集まったため、帰りに駐車場から出るのに時間がかかったかもしれないが、それを除けば、「#Barbenheimer」体験は、多くの人にとって満足のいくものになったようだ。CinemaScore社の調査によると、「バービー」「オッペンハイマー」とも、観客の評価は「A」。今年4月に公開されて、やはり「A」を取得した「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は北米で4週間、トップ5以内にとどまり、今日までに5億7,400万ドルを売り上げている。この2本も同じように、口コミの力で今後も数字を伸ばしていくことが予想される。

ストライキ開始前、ヨーロッパプレミアに出席したマーゴット・ロビーとライアン・ゴズリング
ストライキ開始前、ヨーロッパプレミアに出席したマーゴット・ロビーとライアン・ゴズリング写真:ロイター/アフロ

 劇場主にとって、それは非常に嬉しいニュースだ。「ザ・スーパーマリオ〜」は大ヒットだったものの、その後は「ザ・フラッシュ」が惨敗し、「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」や「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」も期待されたところまでは数字が伸びなかった。そこへ来て、脚本家と俳優のダブルストライキが始まってしまったのだ。ストライキ中、俳優は出演作の宣伝活動をできないことから、今後、今年後半に予定されている映画の公開が延期される恐れがある。たとえば、「Variety」は、ワーナー・ブラザースが「デューン 砂の惑星PART 2」(11月3日北米公開予定)、「Aquaman and the Lost Kingdom」(12月20日北米公開予定)、「The Color Purple」(12月25日北米公開予定)の公開延期を検討していると報じている。

 ようやくパンデミックが終わったというのに、また同じような状況になるとしたら、本当にやりきれないだろう。だが、それは劇場主にも、観客にも、どうにもならないこと。今はとりあえず、このふたつの映画が映画館に与えてくれる活気を楽しむしかない。そして、少しでも早く、良い形でストライキが終了し、せっかくの勢いが失われないことを願うばかりである。

場面写真クレジット:

「バービー」(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

「オッペンハイマー」Melida Sue Gordon/Universal Pictures

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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