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「私たちは欲の被害者だ」。ハリウッドの俳優はなぜストライキを決めたのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
記者会見でのフラン・ドレッシャー(左)とダンカン・クラブツリー=アイルランド(写真:ロイター/アフロ)

 ついに、最悪の事態を迎えてしまった。全米脚本家組合(WGA)がストライキを起こしているところへ、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)も加わることになったのだ。

 俳優たちのストライキは、西海岸時間14日零時に開始。午前8時半からは、組合のリーダーと俳優たちがメジャースタジオや配信会社のオフィスの前でピケを張る。脚本家のストが始まって以来、多くの作品の撮影が中止されているが、俳優たちのストは、撮影が終わっている作品にも影響を及ぼす。スタジオや配信会社が製作した映画やドラマの宣伝活動に関わることが禁じられるためだ。

 ストの間、俳優たちは、テレビに出て最新作について語ったり、プレミアでレッドカーペットを歩いたり、出演作についてツイートしたりすることはできない。これからもまだ夏の大作は控えてくるし、来月末からはヴェネツィア、テリュライド、トロントといった重要な映画祭が始まる。それらにスターたちがまるで姿を見せないとなると、かなり寂しい状況になるだろう。つい昨日、エミー賞のノミネーションが発表されたばかりだが、このままだと候補者も授賞式に出席できない。ただし、このストライキはハリウッドのメジャースタジオ、テレビ局、配信会社を代表する全米映画テレビ製作者団体(AMPTP)に対してのものなので、たとえば出版社に雇われてオーディオブックの朗読をするなどといったことは許される。

「私たちの貢献を認めて、利益を分けて欲しい」

 脚本家の場合と違い、俳優のストは、必ずしも起こるとは予想されていなかった。西海岸時間13日正午に行われたSAG-AFTRAの記者会見でも、交渉のリーダーらは、「私たちはもともと好んでストライキをやる組合ではありません」「ストライキは避けられると思っていました」と語っている。そう信じつつ、リーダーたちは、6月7日から、夜も、週末も、休日も、双方が合意できる新たな契約内容について話し合ってきた。「ですが、そんな私たちの努力を横目に、AMPTPは何もせず、組合員の仕事を過小評価し続けたのです。業界には変化が起きました。それを反映する契約を結んでもらう権利が、俳優たちにはあります」と、SAG-AFTRAのナショナル・エグゼクティブ・ディレクター、ダンカン・クラブツリー=アイルランドは述べる。

 SAG-AFTRAのプレジデント、フラン・ドレッシャーは、もっと直接的で、感情的だった。ストライキは俳優以外の人たちにも大きな影響を与えることをしっかり認識しているというドレッシャーは、「こんなことになってしまい、とても悲しいです。でも、ほかの選択肢はありませんでした。私たちは被害者なのです。私たちは、強欲なものから被害を受けているのです。この業界で一緒に仕事をしてきた人たちからこんなふうに扱われて、私はショックを受けています。彼らは、自分たちは全然儲かっていない、金がないと言います。CEOは何億ドルもの報酬を得ているというのに。吐き気がします。恥を知れと言いたい」と述べた。彼女はまた、「ビジネスモデルが変わったのだから契約も変わらなければいけないと言っても知らん顔。目を覚ませと言いたいです。私たちはリスペクトを求めます。私たちの貢献を認めてもらいたい。利益を分けて欲しい。私たちなしであなたたちは存在しないのですから」とも言って、会場にいた人たちから拍手を受けている。

「誤魔化すだけで、まともな提案を払い除ける」

 彼らの言葉にあるように、今回のストライキは、Netflixをはじめとする配信が台頭してきたことで、従来のビジネスのやり方が覆されてしまったことに起因する。たとえば、レジデュアルと呼ばれる再使用料の問題。レジデュアルは、自分が出演した映画がテレビ放映されたり、DVDになったりするたびに発生し、一生もらえる。浮き沈みが激しい俳優という職業においては、重要な命綱だ。しかし、配信は、オリジナル作品が別のところで流れたり、DVDになったりすることはない。何より、配信会社はアクセス数を公表しないので、自分の作品がどれだけ見られたかもわからない。

 それで、SAG-AFTRAは、配信会社が会員から集める会費の収入の一部を、ヒットに合わせてプロジェクトごとに配分してもらうことを提案した。それぞれの作品がどれだけヒットしたかについては、外部の分析会社を使うのはどうかと、具体的な会社の名前を挙げている。しかし、クラブツリー=アイルランドによれば、AMPTPは、その具体的な会社について批判するだけで、提案そのものについて話し合うことも、別のアイデアを出すこともしなかった。「彼らはいつもそうやって誤魔化し、まともな提案を払い除けるのです」と、クラブツリー=アイルランドは憤りを見せる。

 AIについても同様だ。AMPTPは、プレスリリースで「AIについても画期的な提案をした」と主張しているが、実際のところ、彼らが言ってきたのは、1日の給料を払って出てもらったエキストラをスキャンしてAIに使い、それはその会社の所有物となって永遠に使い続けることができるというものだったという。エキストラは、多くの俳優にとって大事な仕事だ。そんなことが許されて、使い回せるAIのストックがたくさん貯まっていけば、そのうちエキストラの仕事もどんどん減ってしまう。

「私たちがこんな目に遭うなら、あなたにも起こり得る」

 俳優が(脚本家もだが)、今回のストライキは単に収入を上げるためではなく、職業の存続をかけたものだと言うのには、そんな事情があるのだ。配信のレジデュアルをフェアな形でもらうこと、最低のギャラを上げてもらうことも、そこに入る。インフレは進む一方なのに賃金が追いつかなくては、この職業で生活していくことが難しくなってしまう。クラブツリー=アイルランドはまた、契約は3年間なので、2026年にアメリカの物価がどうなっているのかというところまで見据えた現実的な数字でなければいけないとも指摘する。だが、AMPTPはそれを受け入れない。

 俳優たちは、今、そんな状況に置かれているのである。大好きなテレビドラマの続きがなかなか見られないのは残念だろうが、一般のファンも、きっと理解してくれて、応援してくれるはずだとドレッシャーは信じる。

「私たちは、彼らの人生に娯楽を提供します。彼らに喜びを与えます。そんな私たちは、ひどい形で搾取されているのです。私たちがこんな目に遭うなら、それはあなたにも、あなたの家族にも、あなたの子供たちにも起こるかも知れないのです。今、この瞬間は、この国の歴史において、それほど恐ろしい時なのです」(ドレッシャー)。

 この辛い戦いは、どれだけ長く続き、どんな結末を迎えるのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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