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ハリウッド俳優のストライキまで秒読み段階。脚本家と同時のストは63年ぶり

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ストライキをするハリウッドの脚本家たち。まもなく俳優も加わるか(筆者撮影)

 ハリウッドが、稀に見る危機に直面している。5月2日に始まった脚本家のストライキに加えて、俳優もストライキに入ることがついに現実味を帯びてきたのだ。

 全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)と全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)は、現地時間6月30日に失効する契約の更新内容について話し合いを進めてきたが、合意を得られず、7月12日まで現行の契約を延長することで一度落ち着いた。しかし、その期限が24時間後に迫ってきたのである。

 俳優組合と全米脚本家組合(WGA)が同時にストライキをするのは、ロナルド・レーガンが俳優組合の会長だった1960年以来、実に63年ぶり。その時のストは、脚本家が5ヶ月弱、俳優が1ヶ月弱続けたところで解決した。

 ストライキを回避したいのは、誰にしても同じだ。トム・クルーズやブラッド・ピットのような毎回高額のギャラをもらうトップスターは、数ヶ月仕事がなかったところでどうということはないが、彼らはひと握りの存在。SAG-AFTRAの組合員のうち、演技だけで生計を立てている人は5%程度と昔から言われている。インフレが進む今はもっと少ないかもしれない。つまり、大部分は、決して余裕のある生活をしてはいないのだ。

 それでも俳優たちは、納得のいく契約を得られないのならばストライキを辞さないという強気の態度でいる。交渉を担当している組合のリーダーは、先月下旬、動画を通じて「あなたたちにとって重要な事柄すべてについて、スタジオととても生産的な話し合いをしています」「スタジオ、テレビ局、配信会社からフェアな条件を引き出せると、私たちは楽観しています」という前向きなメッセージを組合員に送った。だが、それは、リーダーたちが妥協をするのではないかという恐れを買い、メリル・ストリープ、ジェニファー・ローレンス、グレン・クローズ、ラミ・マレックらを含む300人以上の組合員は「私たちは犠牲を強いるつもりなのに、リーダーがそうでないことを懸念する」「今は非常に大事な時で、普通ならば良い条件と思えるものでは十分でない」「もちろんストライキは辛いが、今は真ん中で折り合う時ではない」という厳しい内容の手紙を送りつけている。

 脚本家たちにも共通する「絶対妥協できない」部分は、Netflixをはじめとする配信会社にとっても譲れない部分。そこを受け入れると、配信会社はビジネスモデルの抜本的な変革を強いられる。だから話し合いは膠着しているのだ。それは主に、レジデュアルと呼ばれる再使用料と、AIである。

配信会社のレジデュアルは従来のものよりずっと低い

 1960年のストライキで、俳優たちは、劇場用映画がテレビ放映される場合、出演者に対して再使用料(レジデュアル)が払われるという新たなルールを勝ち取った。1980年には、劇場用映画がビデオ化された場合も支払われるべきだという点で争った。そのおかげで、俳優は、仕事がない時も乗り切っていける。

 だが、2013年に「ハウス・オブ・カード 野望の階段」でオリジナル作品製作に乗り出したNetflixや、そこに追従したほかの配信会社は、作品をほかの局に出したり、DVD化して売ったりすることはなく、従来のルールに沿ったレジデュアルは発生しない。一応、配信会社は一定の額をレジデュアルとして支払っているものの、作品が成功しても何のプラスもされない。ある俳優は、「Los Angeles Times」に対し、過去に出演したひとつの映画の3ヶ月分のレジデュアルとして、テレビ放映分からは1,400ドルをもらえたのに、配信からは40ドルしかもらえなかったと語っている。しかも、配信の勢力は伸びる一方。そちらが主流になる中で、同じだけ仕事をしても収入が減る状態になってしまったのである。

 俳優も、脚本家も、配信会社に対し、ヒットに応じたレジデュアルを払うよう求めている。しかし、そうなると、配信会社は現在秘密にしている作品ごとのアクセス数を公表しなければいけなくなる。それに、それは彼らにとって出費が増えることを意味する。配信会社はどこも、収益を上げるプレッシャーを感じ、レイオフやラインナップの削減をしているところだ。

 そして、AIの問題。テクノロジーの進化で、AIは、デジタルで再現した俳優に、その俳優がもともとやっていない演技をさせることができるようになった。とは言っても、SAG-AFTRAは、AIの禁止を主張しているわけではない。彼らが求めるのは、俳優の演技や声をAIに使う場合は組合の了承を得てもらうこと。一方、WGAは、脚本家が書いたものをAIの学習に使わないことを求めている。つまり、使われ方にルールを作ろうと言っているのである。何らかの規制をかけなければ職業そのものの存続が危ぶまれると、彼らは恐れているのだ。

今決めなければ職業の存続が危ぶまれる

 AIの規制は本来、組合ではなく政府が率先してやるべきものだとの声も聞かれる。だが、政府がやるのを黙って待っているわけにはいかない。その間にもテクノロジーはどんどん進む。ソーシャルメディアにも、「3年後にはまた契約の見直しがあるのだから、AIの問題はとりあえず置いておき、ほかの部分で納得できれば先に進もう」という意見があるかと思うと、「3年も待ったらどうなっているかわからない。今やらずしてどうする」という反対の声が出たりしている。

 これまでのストライキは、より良い収入を得るために起きてきた。今回はそれに加え、職業そのものを守るというもっと大きな使命がある。だから、俳優たちは、脚本家たち同様、徹底して戦うつもりでいるのだ。ふたつの組合がストライキをし、長引くことになれば、経済における影響ははかりしれない。目の前に迫った締め切りまでに、スタジオと配信会社が歩み寄りを見せるだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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