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アンバー・ハード、映画祭出席でカムバック。裁判前に撮り終えていた映画

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 1年前、ジョニー・デップとの名誉毀損裁判に負けて以来、基本的に公から姿を消していたアンバー・ハードが、久々に華やかな場に復帰する。今月23日からイタリアのシチリア島で開催されるタオルミーナ映画祭で、主演作「In the Fire」が上映されることになったのだ。

 このインディーズ映画は、デップとハードの名誉毀損裁判が始まる直前の昨年はじめに撮影されていたもの。1899年を舞台にしたスーパーナチュラルスリラーで、ハードが演じるのはアメリカ人の精神科医。奇怪な行動をする子供を診てほしいと言われ、コロンビアを訪れるが、村の神父はこの子は悪魔に取り憑かれていると主張する。医学と宗教が対立する中、この子供だけでなく、村の人たち全員が危険にさらされていくという物語らしい。

 イタリアとアメリカの共同製作で、監督はコナー・アリン。ハード以外の出演者はほぼ無名。アメリカの配給会社はついているが、公開予定はわかっていない。ハードが映画に主演するのは、配給のトラブルで北米公開が7年も遅れた2006年の「マンディ・レイン 血まみれ金髪女子高生」(日本劇場未公開)以来、初めてだ。

 3度オスカーに候補入りした経歴を持つデップは、裁判で、「ラム・ダイアリー」でハードをキャスティングする上では演技力に疑問があったことや、ハードが「アクアマン」の役を取れたのはデップがワーナー・ブラザースのお偉いさん3人に電話をしてあげたからだという、ハードにとって不名誉な事実を証言した。ワーナーのエグゼクティブも、「アクアマン」での彼女には主演のジェイソン・モモアと釣り合うスター性がなく、苦労したと証言している。そんなふうに言われたことに対してはっきりと不快感をあらわにしたハードにとって、この主演作は、実力とスターとしてのカリスマを証明し、挽回するチャンスだ。敗訴の後も複数のフェミニスト団体はハードを支持する意思を表明しているし(その女性たちはおそらく誰も裁判を見ていない)、少なくとも映画祭では(やはり裁判を見ていなかった人たちから)温かく迎え入れられるのではないかと思われる。

 ここでの反応については、ワーナーも注視しているに違いない。今年末に公開を控える「アクアマン」続編「Aquaman and the Lost Kingdom」からハードのシーンを削除しろというオンラインの署名運動が大きな盛り上がりを見せたにもかかわらず、映画にはまだ彼女のシーンが残っていると言われる。「In the Fire」と桁違いのお金がかかっているだけに、リスクが大きいのはどちらか、彼らは頭を抱え続けているはずだ。皮肉なことに、この映画祭では、先月のカンヌ映画祭でオープニングを飾ったデップの出演作「Jeanne du Barry」も上映される。そうでなくても記憶に新しいふたりの裁判を人々が思い出してしまうことは避けられないだろう。

有名になりたいというハードの強い野心

 昨年6月1日に判決を言い渡された後のハードの人生は、冴えない。ハードと彼女の弁護士は、本来いてはいけない陪審員がいたなどといちゃもんをつけて裁判のやり直しを願い出るなど悪あがきをしたが、判事はあっさりと却下。陪審員に問題があるなら裁判が始まる前に異議を唱えるべきなのに、6週間もの裁判を終え、自分が負けたからといって突然言い出すなどということが認められるわけはない。敗訴からまもなくハードが出演した1時間の独占テレビインタビューも視聴率は最悪。さらに、ハードは、意図的にデップの名誉を毀損したとわかった以上、弁護士代を出す必要はないとして、ハードが入っているふたつの保険会社のひとつから訴訟されてもいる。この訴訟はまだ続行中だ。

 そんな中でもエゴを抑えられないハードは控訴をしたが、勝ち目のないことにお金と時間を使うのは無駄なのは明白で、昨年末、ハードがデップに100万ドルを払うことで示談が成立した。判決でデップに1,035万ドルを払うよう言い渡されたことを考えれば、悪い話ではない。しかも、この100万ドルは、ハードを訴訟していないほうの保険会社が払うことで合意をしている。それでも悔しさを隠しきれず、ハードはインスタグラムに「私は私の真実を弁護します」「私は何も(自分がDVをしていたこと)認めていません」と投稿。「今後、何を言ってはいけないという規制は何も受けていません」とも言い、これからもまだDV被害者として発言し続ける可能性をちらつかせることもした。本当かどうかはわからないものの、彼女が本を書こうとしているとの報道もある。

 現在、ハードは、スペインのマドリッドで娘と一緒に静かに暮らしているという(テキサス州オースティン近郊に生まれ育ち、建築業を営む父が国境を越えて労働者を探しに行くのにしばしば同行した彼女は、スペイン語を話せる)。裁判前に撮り終えた「In the Fire」と「アクアマン」続編以後、仕事の話はないが、ハードの友人を名乗る人物は、「Daily Mail」に対し、「彼女はハリウッドに戻ることを焦っていません。正しい時期、正しいプロジェクトが来たら戻るでしょう」と語っている。

 だが、本当にそんなふうに悠々と構えているのだろうか。裁判の中では、デップがハードについて「彼女は有名になりたいという野心でいっぱい。自分はその手段として使われたのだ」と述べるテキストメッセージも見せられているのだ。どうやればまたハリウッド女優として脚光を浴びることができるのか、彼女は模索しているのかもしれない。この映画祭出席は、彼女にとって、その第一歩になりえるだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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