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クリス・ロックはウィル・スミス夫妻への「究極の仕返し」を企んだのか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
昨年のオスカー授賞式でウィル・スミスから平手打ちを受けたクリス・ロック(写真:ロイター/アフロ)

 昨年のオスカー授賞式でウィル・スミスから平手打ちを受けたクリス・ロックは、その仕返しを念入りに計画していたのか。Netflix初のライブ配信「Chris Rock: Selective Outrage」を見た人たちの間から、そんな憶測が浮上している。

 この番組は、ロックのスタンダップショーをそのまま生中継するもの。ロックはアメリカ国内やロンドンなど各地をツアーで回っているが、この中継を行う場所に選ばれたのは、メリーランド州ボルチモアだった。ボルチモアはスミスの妻ジェイダ・ピンケット=スミスの故郷。そこでスミス夫妻を手厳しい形でネタにしてみせたのは意図的だったのかと、ショーを見終わった人は感じているのだ。

 ショーの中で、ロックは、スミスが自分を平手打ちしたのはまさにこのショーのタイトルである「Selective Outrage」だったのだと述べている。「Selective Outrage」とは、同じ悪事を働いた人はほかにもいるのに、特定の人だけに対して怒ることだ。

 ピンケット=スミスは、スミスとの結婚生活を「お休み」していた間、年下の男性と関係を持っていたことを認めている。そのことにスミスは恥ずかしい思いと鬱憤を抱えていて、それをあの瞬間、自分にぶつけてきたとロックは思っているのだ。本来、スミスが怒りをぶつけるべき相手は、不倫をしたピンケット=スミスだろう。ロックは彼らの夫婦関係に何も関与していないし、ピンケット=スミスの不倫は誰もが知っていることで、ほかの人たちと何も変わらない。それに、そもそもスミスとロックの確執はすべて彼女から始まったのだとも、ロックはショーの中で述べている。

平手打ち事件からおよそ1年、クリス・ロックは「Chris Rock: Selective Outrage」の中であの出来事について語った(Kirill Bichutsky/Netflix 2023)
平手打ち事件からおよそ1年、クリス・ロックは「Chris Rock: Selective Outrage」の中であの出来事について語った(Kirill Bichutsky/Netflix 2023)

 発端となったのは、2016年のアカデミー賞。2年連続で演技部門の候補者20人全員が白人となり、「#OscarsSoWhite」バッシングが盛り上がった年だ。スパイク・リーやピンケット=スミスは、怒りを表明すべく、授賞式のボイコットを宣言。だが、すでに授賞式のホストに決まっていたロックは降板せず、その代わり当日舞台でハリウッドにおける人種問題について歯に衣着せぬブラックなジョークを披露してみせた。その中でロックは、「ジェイダ・ピンケット=スミスはテレビの人。(映画の賞である)オスカーをボイコットするとか、おかしい。呼ばれてもいないのに」「そうか、夫ウィルが『コンカッション』でノミネーションを逃したからね。フェアじゃないよね。だけど彼が(大コケした)『ワイルド・ワイルド・ウエスト』で2,000万ドルをもらったのもフェアじゃないよ」と彼らをネタにしたのである。

 そのせいで、スミス夫妻が自分に怒りを抱いているであろうことは、ロックもわかっていた。だが、このコメディショーで、ロックはそれが筋違いであると指摘する。授賞式でロックがあのように夫妻をネタにしたのは、その前にピンケット=スミスがロックにホストを降板するようプレッシャーをかけてきたからなのだ。

「何年も前に、彼の妻(ピンケット=スミス)は僕がオスカーのホストを降板すべきだと言ってきた。彼(スミス)がノミネートされなかったから。なんだよ、それ。だから僕はそれをジョークにしたんだ。これは彼女が始めたこと。僕はそれを終わらせた。そういうことさ。これらすべてを始めたのは彼女なんだ」と、ロック。さらに、なぜあの場でやり返さなかったかについて、「白人の前で喧嘩をするなと両親に言われて育ったから」とも言った。それを最後に、ロックはマイクを床に落とし、スタンディングオベーションを受けながら舞台を去っている。

ソーシャルメディアにはさまざまな声

 ロックがあえてピンケット=スミスの故郷でこれらの発言をしたことについて、ソーシャルメディアには多くのコメントが寄せられている。

「このスペシャル番組はクリス・ロック(のキャリア)にとって重大。それをなぜボルチモアでやったのか?彼の出身地でもないのに。グーグルしてみてわかったよ」「クリス・ロックはボルチモアと何の関係もないし、ニューヨークでも簡単に完売できたはず。でもボルチモアはジェイダの故郷なんだよね」「わざわざボルチモアを選ぶなんて偶然とは思えない」など、これは計画的だと推測するものが多数。中には「ウィル・スミスはこの仕打ちに値する」、「よく考えたね」というコメントに拍手の絵文字をつけたものなど、ロックを褒め称えるツイートもある。

 一方では、平手打ちをされた直後、しっかりと冷静を保ち、その後もしばらく多くを語らなかったロックがここへ来てこんなふうに爆発させたことにがっかりしたという意見も見られた。「1年経ってもまだ忘れていないという事実が彼(ロック)という人柄を語る」「クリス、これで君はウィル・スミスに平手打ちされた男として最も人々の記憶に残ることになってしまったよ」「妻の名前を口にするなとウィル・スミスに言われたのに、クリス・ロックは学ばないんだね。また平手打ちされる必要があるか」などというものだ。

 あの事件で大きなイメージダウンを受け、今後10年間アカデミーが主催するイベントに出席できなくなったスミスがまたロックに暴力を振るうことは、もちろん考えられない。しかし、ロックとの仲直りを願っているという表向きを取り繕ってきたスミスは、相手にそのつもりはないということをまざまざと見せつけられてしまった。それはスミスにとって、きっと屈辱であるはずだ。1年前にロックに与えたのと同じ痛みを、今、スミスは味わっているのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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