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アレック・ボールドウィンの起訴は「不当」「間違い」。俳優仲間から批判の声

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
撮影現場での誤射事件で起訴されたアレック・ボールドウィン(写真:ロイター/アフロ)

 映画の撮影現場で持っていた小道具の銃が発射され、撮影監督ハリナ・ハッチンスが死亡した事件で起訴されたアレック・ボールドウィンに対し、ハリウッド俳優から同情が寄せられている。ニューメキシコ州の検察は「法を逃れられる人は誰もいない」と自分たちの判断に自信を持っているが、演技をすることが責任である役者を罪に問うことに、疑問の声が聞かれるのだ。

 たとえば、ミッキー・ロークはインスタグラムに長いメッセージを投稿。その中で彼は「撮影監督ハリナ・ハッチンスに起こったことは大きな悲劇だ。だが、アレック・ボールドウィンは俳優。義務を怠っただとか、その他のどんな理由であれ、起訴されるべきでは絶対にない」と主張した。「ほとんどの俳優は銃について何も知らない。アレックは自分の家や車から現場に銃を持ってきたわけではない。撮影現場で、銃は、武器の担当者から手渡される。(中略)それがその人の仕事だ」と、ロークはその理由を説明。最後は「アレックはすでにこの出来事のために十分苦しんだはずだ。彼に責任を押し付けるのは完全に間違っている」と締めくくっている。この投稿には、ボールドウィン本人をはじめ、7,000人以上から「いいね」が付けられている。

ミッキー・ロークのインスタグラムより
ミッキー・ロークのインスタグラムより

 事件の起きた映画「Rust」でボールドウィンと共演する俳優ダグラス・スチュワートも、「TMZ Live」に出演し、銃の中身を確認するのは俳優の責任ではないとコメントした。スチュワートは過去に2度、小道具の銃を使う仕事をしたことがあるが、銃のチェックをしたのは、テレビ番組の場合は武器担当者、舞台劇の場合はステージマネージャーだったとのこと。俳優である彼が自分で再確認することは許されなかったという。

 また、ボールドウィンはプロデューサーも兼任しているが、ひと口にプロデューサーと言ってもさまざまであり、彼の場合は映画の収益が出た時に分配してもらえるための肩書きだったのだろうと、スチュワートは推測している。つまり、現場で実務的なことを仕切るのはボールドウィンの役割ではなかったということだ。今後、銃を使う仕事があったらどうするかと聞かれると、スチュワートは、それらのシーンの撮影前に、武器の担当者にみんなが見ている前であらためて中を確認してもらうようにすると答えている。

 全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)も、ボールドウィンの起訴は「情報の足りない、間違った判断だ」という批判の声明を発表した。組合のナショナル・エグゼクティブ・ディレクター、ダンカン・クラブツリー=アイルランドは、「Los Angeles Times」に対し、「俳優はトレーニングを受けた武器のエキスパートではない。こんな前例ができることを危惧する」とコメントしている。組合員の中には、ボールドウィンのように犯罪に問われるリスクがあるなら本物の武器を使う作品には出ないことにすると言い出した俳優もいるとも、クラブツリー=アイルランドは語った。

ベテラン俳優の間でも「常識」が分かれる

「コールドガン(安全な銃)です」と言ってボールドウィンに銃を手渡した助監督デイヴ・ホールズの刑がずっと軽いという事実にも、人々は不条理を感じているようだ。司法取引に応じた結果、ホールズは半年の保護観察処分で済むことになったが、ボールドウィンは最大5年の懲役を言い渡される可能性がある(武器の担当者であるハンナ・グテレス=リードはボールドウィン同様、起訴されている)。

 一方で、実際に銃を構え、発射した人にはやはり何らかの責任があるという意見も聞かれる。ニューメキシコ大学ロースクールのジョシュア・カステンバーグ教授は、「Los Angeles Times」に対し、「銃を撃った人が全然責任を問われないというのは想像し難い」とコメント。また、「権力があろうがなかろうが、司法制度はひとつだというメッセージを検察は送りたいのだろう」とも述べた。この事件は地元ニューメキシコ州で大きく注目されているだけに、セレブリティであるボールドウィンが特別扱いされたように見られるわけにはいかないというのだ。

 イーサン・エンブリーという俳優も、一連のツイートの中で、「『Rust』の現場の環境とハリナ・ハッチンスの死に至るまでに起こったことを考えると、過失致死の容疑は正しいと思う。彼はプロデューサーで、製作において力を持つ人だった」と書いた。また、事件が起きてまもない頃に出演したポッドキャストで、ジョージ・クルーニーは、「撮影現場で銃を手渡されたら、毎回中を開けて、自分が銃を向ける相手にそれを見せる。クルーにも見せる。毎回だ。誰もがそれをやる。誰もが知っていることだ」と語っている。それに対し、ボールドウィンは、俳優は銃を開けるべきではないと教わってきたと反論した。ベテラン俳優の間でも、「常識」「プロトコル」が分かれていたということだろう。それが今になって意見のぶつかり合いを生み出しているようだ。

検察には強力な隠しカードがあるのか?

 助監督ホールズが司法取引に応じたのと対照的に、無実を主張するボールドウィンは徹底して闘うかまえを見せている。彼の弁護士は、「私たちは闘う。そして勝つ」と宣言した。つまり、刑事裁判は免れないということ。先にも述べたように、ニューメキシコ州においてこれは大事件で、人々の関心は非常に高い。多くの人が何らかの意見をすでに持っていると思われ、中立的な考えを持つ陪審員を選出するだけでも相当に苦労することが予想される。

 いざ裁判になれば、果たしてボールドウィンの勝算はいかほどなのか。たとえば実弾がどう紛れ込んだのかなど、検察、警察によってまだ公にされていないことがいくつかある。警察は、ボールドウィンの携帯電話を押収してもいる。ボールドウィンとグテレス=リードを有罪に持っていけるだけの強力な隠しカードを彼らは持っているのかもしれない。また、司法取引に応じたホールズは、検察に協力し、裁判でボールドウィンに不利となる証言をするものと見られている。彼はいったいどんな発言をするつもりなのだろうか。ボールドウィンに同情する人も、しない人も、ハリウッドではみんながことの行方を見守っている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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