Yahoo!ニュース

ジョニー・デップとアンバー・ハードの法廷争いが終了。ハードはデップに1億3,700万円を支払う

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 1年の終わりが迫る中、今年最も注目された法廷争いが突然にして終了した。ともに控訴をしていたジョニー・デップとアンバー・ハードの間で、示談が成立したのだ。

 ハードがデップに対して100万ドル(およそ1億3,700万円)を払うというのが条件。お金の出どころは、ハードの弁護士代を払ってきた保険会社だ。デップの弁護士ベンジャミン・チュウとカミール・ヴァスケスは、声明の中で、デップはこの100万ドルを寄付すると述べている(ハードが離婚時にデップからもらった700万ドルを寄付すると約束しつつ、実際にはしなかったことを踏まえて、デップの弁護士は、デップは『約束』もするし『実際に寄付する』と宣言している)。

 西海岸時間19日にインスタグラムに投稿されたメッセージで、ハードは、「これは私の選択ではありません。私は、人生が破壊されても、私の真実を守ってきました」と書いている。この決断に至ったのは、「私の供述が娯楽やソーシャルメディアのネタにされるアメリカの司法制度に愛想を尽かした」からだという。それに比べて、デップをDV男扱いしたタブロイドに勝訴させたイギリスの司法制度は公平だったと不満を漏らすハードは、今後もこのことを語り続けると誓っている(彼女の言葉とは逆に、イギリスの裁判は腐敗しており、最初から不公平だった)。

 ひとつ注目すべきは、ハードが「私の真実」と言っていることだ。彼女の真実と、実際の真実は違う。それは連日ライブ中継された裁判を見ていた人には明白である。デップもそれをわかっているのだろう。合意された条件に、DV疑惑について今後話してはいけないという事柄は入っていない。それは、彼の余裕の表れと言える。もはや世間は何が真実かを知っているのだ。ハードがいくらわめいたところで、何の意味もない。デップの弁護士も、声明の中で、全員一致で出された陪審員の判決が揺るぎなく存在し続けることを強調している。

誰にとっても意味をなす結果

 この示談は、関係者全員にとって意味をなす。しかし、一番これを望んだのは、ハードの保険会社のひとつであるトラベラーズだったと思われる。

 ハードは、トラベラーズとニューヨーク・マリン&ジェネラルというふたつの会社から、名誉毀損で訴えられた場合に弁護士代を出すという条項があるホームオーナーズ保険に加入していた。しかし、ニューヨーク・マリン&ジェネラルは、裁判でハードが意図的にデップの名誉を毀損したと判決が出たのを受け、カリフォルニア州の法律にもとづき、自分たちはハードに支払う義務はないと、ハードを提訴した。にもかかわらず、そこまでの弁護士代の大部分を負担してきたトラベラーズは、控訴にかかる費用も出すつもりでいたようなのである。ハードの弁護士代は、今年春の裁判が始まる段階で、すでに600万ドル(およそ8億2,000万円)にも達していた。実現するのかどうか、実現したとしていつまでかかるかわからない控訴の費用をこのまま出し続けるのに比べれば、100万ドルなど安いものだ。

 ハードにしても、本当のところは、控訴が実現したとしても勝つ見込みが低いのはわかっていたはずである。何より、今度も負けたら、いよいよデップに1,035万ドルを払わなければいけなくなる。もっとも、判決で命令されたその賠償金を払うつもりはハードにはなく、あくまで逃げ切るつもりだったのだが、払わないで良いとはっきり決まるならそれに越したことはない。

 実際、「この裁判は金のためではない。真実を世間に伝えることだ」と言い続けてきたデップに、ハードから1,035万ドルを徴収するつもりはなかった。もちろん彼にはその権利が十分あるのだが、自分よりずっと年下で、キャリアも絶望的な状態にある元妻から執拗に金を取り立てるのは、彼のイメージにとって良くない。だから、本来ならもらえるはずの大金を帳消しにするのは、デップにとって何の問題もなかったと思われる。

 それに、ハードと違い、デップは自腹で弁護士代を払ってきたので、これ以上お金がかからなくなるのはありがたいに違いない。そもそも控訴はあくまでハードがしてきたから、公平な扱いを受けるために対抗して起こしただけのこと。本来の目的を達成した段階、つまり勝訴した段階で、デップの中でもうこれは過去のことになっていたのだ。その後の展開は、無意味で不要なことに過ぎなかったのである。

ハードはまだ「自分の真実」を語り続けるのか

 とにかく、これによって、デップだけでなく、彼の弁護士、ハードの弁護士らも、今年のホリデーシーズンをゆっくりと過ごすことができるようになった。数ヶ月後に裁判を控えていた昨年の今頃、デップは不安だっただろうし、弁護士たちは相当に忙しかったはずだ。子供たちや親しい友人たちとあらためて祝杯をあげながら、デップはこの1年だけでなく、長く苦しかった6年を振り返るのではないだろうか。

 一方、ハードのほうは、何を思いつつクリスマスを過ごすのか。インスタグラムの投稿で、彼女は「この示談をしたことで自由が手に入り、離婚の後、心を癒す手伝いをしてくれた仕事に専念することができます。声を聞いてもらえている、信じてもらえていると感じられる仕事、変化に貢献できる仕事に」と書いている。それはつまり、DV被害者として発言をし続けるということだろう。敗訴後に受けたテレビインタビューでも、ハードははっきりそう述べていた。それが彼女の選ぶ道。新たな道を歩み始めたデップと反対に、ハードはいつまでも自分で掘り、落ちた穴の中にとどまり続ける。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事