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アンバー・ハード、5億円給料日の夢はこれで完全に消えた

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 そう遠くない昔、アンバー・ハードは、「アクアマン」3作目でキャリア最高のギャラをもらえる日を待ち望んでいた。

 1作目のギャラは100万ドル、来年末に北米公開を控える2作目「Aquaman and the Lost Kingdom」のギャラは、その倍の200万ドル。これら娯楽超大作は3部作になるのがハリウッドの通常で、3作目が出来た場合、メラ役を演じるハードのギャラは、2作目の倍である400万ドルになるはずだった。本日の換算レートだと、およそ5億5,000万円だ。

 だが、それが実現する可能性は、2作目の製作の前からしぼみ始めていた。1作目のポストプロダクション中、ハードと主演のジェイソン・モモアの間にケミストリー(スクリーン上の相性)がないことに愕然としたプロデューサーのピーター・サフランと当時のDC映画のトップ、ウォルター・ハマダは、2作目でハードをメラから外し、別の女優を雇うことを検討までしたのだ。

 実際にそれは起こらず、ハードは役をキープしたが、2作目はモモアとパトリック・ウィルソンのバディものにすることになり、ハードの出番は大幅に減った。ジョニー・デップとの名誉毀損裁判で、ハード側は、出番が削られたのはデップの弁護士アダム・ウォルドマンによって自分の名誉が毀損されたせいだと主張したが、ハマダは、それはまったく関係ないと供述している。

 いずれにせよ、この裁判でハードが負け、DVを行っていたのはデップではなくハードだったことが明らかになったことから、製作のワーナー・ブラザースは、すでに撮影を終えている2作目からもハードのシーンをカットするべきかというプレッシャーにさらされていた。ワーナーは、イギリスのタブロイドを相手にした名誉毀損裁判でデップが負けると、すぐ彼を「ファンタスティック・ビースト」シリーズから降板させただけに、同じ対応をしないのは、確かにフェアではない。

 しかし、その決断がなされるより先に、3作目は作らないという驚きの展開が起きたのだ。1作目はDC映画として最高のヒット作となり、2作目はまだ公開もされていないのに、このシリーズは次にて終了となることが決まったのである。モモアについては、今後、別のDC映画に別の役で登場させる話があるが、彼がアクアマンを演じるのは次で最後。したがって、ハードを3作目に出すのかどうか、頭を悩ませる必要は、もはやない。ハードにとってキャリアで初めてかつ唯一だったメジャースタジオの超大作への出演は、これにてあっさりと終わってしまった。

長い視野のもとDCユニバースの再構築が始まった

 ソーシャルメディアでは、これはすべてハードのせいだというデップ支持者のコメントが見られる。ハードの扱いに困ったワーナーが、シリーズを終わらせることで解決させたという見方だ。それも確かにあるだろうが、背景にはもっと大きな事情もある。ワーナーは今、もっと成功しているマーベルにならい、長期的な視野に立ってDCユニバースを再構築しようとしているところなのだ。

 そのゴールのもと、ワーナーは、今年8月、すでに撮影を終え、ポストプロダクション段階にあった「Batgirl」のお蔵入りを決めている。もともと配信用に作った作品であるのに、配信にすら出さずボツにするという異例の判断に、良くも悪くも方針の手堅さが感じられた。10月にはハマダが追い出され、「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」を監督したジェームズ・ガンと、同作品を製作したサフランが新たにDC映画のトップに任命されている。

 これからDCユニバースを改革していく上では、「すべての人たちを喜ばせることにはならないだろう」と、ガンは述べる。事実、今週は、1作目と2作目をヒットさせたパティ・ジェンキンス監督が売り込んだ「ワンダーウーマン」3作目のアイデアにダメ出しがなされ、怒ったジェンキンスが降板したという衝撃のニュースも出た(ただし、ダメ出しをしたのはガンとサフランではなくスタジオのCEOだったらしい)。将来の計画に現状の「アクアマン」を入れないという判断もそのひとつだったということだろう。

 とは言っても、先に述べたように、サフランは、「アクアマン」1作目のポストプロダクション段階から、ハードによるメラを問題視していた。主演のモモアには早速別の役を用意してあげるという配慮を見せていることからも、この決断において、やはりハードの要因は大きかったと思われる。

そもそも役をもらえたのはデップのコネのおかげだった

 元をたどれば、ハードがこの役をもらったこと自体が間違いだったのだ。ハードがこの役のオーディションを受けたのは、デップと結婚していた頃。彼女が役を取れたのは、「チャーリーとチョコレート工場」「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」「ダーク・シャドウ」「ブラック・スキャンダル」などに主演し、長年に渡ってワーナーにとって大事な存在となっていたデップが、スタジオのトップエグゼクティブ3人に電話をかけたからなのである。

 今になって、デップは、このことでワーナーにさらなる迷惑をかけたと後悔している。イギリスの裁判で負けてDV男認定されてしまったデップを(この裁判はもともと全然フェアではなかったのだが)、ワーナーは「ファンタスティック・ビースト」3作目の撮影中に降板させなければいけなくなった。それだけでも大変なのに、自分がハードを勧めたせいで、もうひとつのシリーズ「アクアマン」にまで影響が及んでしまったのだ。しかも、デップは、ハードにはたいした演技力がないと知っていたにもかかわらず、その電話で妻のために良いことを言ってあげた。

 コネだけで役を取っても、いずれボロが出る。しかも、1本だけで終わる作品ではなく、シリーズ化が最初から予定されていた作品だから、失敗のツケはとりわけ大きかった。それでも、2本合わせて300万ドルをもらえたのだから、ハードに文句を言う筋合いはない。2作目でもらえた200万ドルは、彼女のキャリアで最高のギャラだったのだ。だが、「アクアマン」2作目以外で今後公開を控えるハードの出演作は、すでに撮り終わっているインディーズ映画「In the Fire」のみである。その後の彼女の予定表は、真っ白。これから彼女はどうやってひとり娘を育てていくのか。実現するかしないかまだわからない控訴を控えるハードには、問題が山積みだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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