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アレック・ボールドウィン誤射事件:「不満を持つクルーがやった」弁護士の説に批判の声

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ハンナ・リードの弁護士、ボウルズ(右)とゴレンス(NBC/YouTube)

 アレック・ボールドウィン主演映画「Rust」の撮影現場で誤射事件が起きて2週間。最初は沈黙を守っていた24歳の新人武器係ハンナ・リードが、少しずつ発言を始めている。先週、彼女は弁護士を通じて、「今、非常にショックを受けている」「なぜ現場に実弾が入り込んだのかわからない」と声明を発表。その弁護士らは、現地時間本日3日、テレビで「不満を持つクルーが意図的に実弾を混ぜたのでは」という仮説を提示し、世間を驚かせた。

 彼女の弁護士ジェイソン・ボウルズとロバート・ゴレンスが出演したのは、NBCの朝番組「Today」。インタビュアーが「どうやって実弾が現場に入り込んだのでしょうか?銃に弾を入れたのは彼女ですよね?彼女が実弾を入れたのですか?」と聞くと、ボウルズは、「そこはわからないところです。それがなぜなのか説明しましょう」と、独自の説を展開している。

 ボウルズによると、現場にはダミーの弾を入れた箱があり、その箱には「ダミー」とラベルが貼ってあった。武器の扱いを担当するリードは、その箱の中から弾を取って銃に詰めたのだが、その中になぜか実弾が入っていたのだ。それは、誰かが入れたからに違いないと、ボウルズは見ているのである。

「あの箱に実弾を入れた人は、何かの目的があったはず。現場にダメージを与えてやりたいという狙いが。それ以外は考えられません」と、ボウルズ。続いて彼は、低予算のこの映画の撮影現場ではクルーらの不満が高まっていたことを出してきている。事実、この撮影では、給料がちゃんと支払われないこと、現場近くのサンタフェにホテルを取ってくれる約束だったのに守られず長い通勤を強いられたこと、現場の安全に対する意識が浅く危険であることなどについて、以前からクルーが抗議していた。事件当日には、しびれを切らした6人のカメラクルーが現場を去り、代わりに組合に加入しない人を含めた数人が新たにやってきている。

 それらのことをボウルズが指摘すると、インタビュアーは「はっきりさせたいんですけれど、不満を持って現場を去っていったクルーが容疑者かもしれないとあなたは言っているんですか?それでわざと実弾を入れたのだと?」と聞いた。その問いに、ボウルズは「今の段階ではみんなを疑わないといけません」「その可能性もあると見ています」と答えている。

 次にインタビュアーは、現場で銃や弾がどのように管理されていたかについて尋ねた。それに対して、もうひとりの弁護士ゴレンスは、弾が入った箱には誰もが触れられる状態で放置されていたと述べた。それでも、実際に銃を渡す時、中に入っているのがダミーだと確認するのはリードの責任なのではないかと聞かれると、ゴレンスは、事件が起きたのは撮影中でも、リハーサルでもなかったのだと言い訳をしている。

ニューメキシコ州サンタフェ郊外のロケ現場
ニューメキシコ州サンタフェ郊外のロケ現場写真:ロイター/アフロ

「あの時は、テックプレップと呼ばれる、カメラの位置を決める作業が行われていたのです。ハンナは(そのシーンが撮影される)教会の中にはいませんでした。そこは非常に大事。武器が使われるのであれば、彼女はそこにいなければなりません。そうでないから彼女はそこにいなかったのです」と、ゴレンスは述べる。しかし、銃をボールドウィンに手渡した助監督デイヴ・ホールズは、リードが自分の前で銃のシリンダーをスピンしてみせたと話しているのだ。それに関してインタビュアーがさらに突っ込むと、ボウルズは「ダミーと実弾はとてもよく似ているのです」と答えた。最後に「刑事事件として起訴されるかもしれないと思いますか?」と聞かれると、ボウルズは「DNAや指紋といった証拠によって、誰がどうやって実弾を入れたのかが明らかになるでしょう」と、婉曲に、リードはその人物ではないと述べている。

「ここまでくると恥ずかしい」「馬鹿げている」と非難の声

 リードの弁護士らによるこれらの発言には、早速、数々の批判が寄せられた。ある人は、「なんという馬鹿げた仮説。不満を持ったからといって、クルーが仲間を傷つけるようなことをするか?弁護士もリードも最低」と、このニュースを伝える記事のコメント欄に投稿。別の人は「彼ら(クルー)は現場が安全でないから去っていったんだ。その人たちのせいにするなんてありえない」「ここまでくると恥ずかしい」などと書き込んでいる。その仮説が本当であったにせよ、「最終的にチェックするのが彼女と助監督の仕事だったということに変わりはない」というコメントも複数あった。「ダミーと実弾は似ていない」という指摘や、「ここを乗り越えたいならリードは新しい弁護士を雇わないとね」との投稿もある。

 ツイッターにも厳しい声が見られる。たとえば、「ここまで落ちたか。あらゆる意味で信じられない。これが安っぽい推理小説だとして、その状況で被害を受けることになるのはおそらく(加害者の)同僚なんだが?」という投稿。別の人は「この悲劇には、たしかに、責めるべきことがたくさんある。だからと言って、責任を取るのでなく、馬鹿げた復讐説を植え付けるとはね。シェイクスピアが弁護士について言ったことは正しかった」とツイートした。

 リードの弁護士の仮説に同意するコメントがほとんどないところを見ると、彼らがテレビで行った発言はむしろ逆効果を招いたといえそうだ。もちろん、この前にひとつしか映画の仕事をこなしていないリードを、銃が多数出てくる西部劇映画の武器係として雇ったプロデューサーにも、そもそも責任はある。落ち度があったのは、決して彼女だけではない。しかし、多くの人が言うように、撮影現場の状況に抗議して出ていったクルー仲間を疑い、全国放送のテレビでそう公言してみせるというのは、とてつもなく配慮に欠ける行動ではないか。

 ボウルズが言ったように、DNAや指紋によって、これから真実がわかっていくだろう。彼らの仮説に何らかのリアリティがあったのかどうかは、やがて明らかになるはずだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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