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「不適切」「面白いジョーク」。Netflixのコメディ番組をめぐり論議が過熱

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(Mathieu Bitton/Netflix)

 トランスジェンダーのネタが満載のコメディ番組は、ラインナップから外されるべきなのか。Netflixの新作をめぐる論議が、アメリカでますます過熱している。Netflixの社内でも批判の声が強く、現地時間明日20日には、ハリウッドの本社ビルの前で抗議集会が行われる予定だ。

 問題の番組は、デイヴ・シャペルのスタンダップコメディを収録した「The Closer」。恐れを知らないユーモアで知られるシャペルは、およそ1時間のショーの中で、コロナやワクチン、人種問題、フェミニスト、「#MeToo」まで、あらゆるネタを出しては笑いを取っている。どれもかなり過激ながら、問題視されたのは、LGBTQコミュニティ、とりわけトランスジェンダーの人たちについてのネタだ。このネタに、シャペルはあらゆる角度から相当な時間を割いてジョークを語ったのだが、とくに「性別は事実」という発言や(性別とは持って生まれたものだという意味)、トランスジェンダーの女性の性器をベジタリアンのハンバーガーに例えた(つまり、本物ではないということ)コメントが、ソーシャルメディアで大きく批判されることになったのである。

 それでも、Netflixは、アクセスランキングの上位にあるこの作品を外すことをしなかった。それどころか、抗議するべく会議に乗り込んできた社員を解雇しようとしたり、CEOのテッド・サランドスが社員に向けてこの番組を弁護する手紙を送ったりしたことで、さらなる非難を浴びることになっている。

「Variety」が入手したこの手紙の中で、サランドスは、「The Closer」を不快に感じた人が社内にもいたことを認識し、「誰かの心、とりわけ自分の同僚の心が傷ついた時、決して良い気持ちにはなりません」「近々、(この番組に)関係のないタレントからも取り下げろと言われるかもしれません」と述べつつも、「そうするつもりはありません」と断言。続いて、Netflixとシャペルは長年の関係にあり、ひとつ前の番組も論議を呼んだが大ヒットしたと述べ、タレントに自由を与えるNetflixのポリシーを強調している。

 その上で、彼は、ヘイトは絶対にいけないが「The Closer」はその一線を越えていないと主張。「(社会について)語ることと、誰かを傷つけることの境目をはっきりさせるのは困難。大胆なことをやろうとするスタンダップコメディにおいては、とくにそうです。スタンダップという芸術自体が意地悪な精神にもとづくととらえる人もいますが、一方でそれを楽しむ人もいます。コンテンツを提供するという上で大事な部分なのです」と書いた。

 この手紙は「ヒットしているのだから良いのだ」と言うものだと受け止めた人も少なくない。「Los Angeles Times」のメアリー・マッケンナもそのひとりで、「何度も読んだが、そのたびに信じられないと感じる」と、コラム記事で批判。彼女は、シャペルとNetflixに向けて、「歴史の中でいじめられ、虐待され、殺されてきた人たちに、コメディなんだから騒ぐなと言うのか?つまり、悪いのはNetflixではなく、見ているあなただと言っているのか?」と疑問を投じてもいる。

トランスジェンダーの人たちの中でも違った意見が

 この一連の出来事に、ソーシャルメディアにはさまざまな声が上がっている。Netflixをキャンセルしてとの呼びかけも多数見られ、キャンセルしないにしても抗議集会がある明日だけはNetflixを見ないようにしようとの提案もあった。「シャペルの番組は気分が悪くなる。それに対する会社の対応も無責任」「パワーを持つ人がパワーを持たない人を笑うのはいじめだ」「Netflixはゲイプライドのイベントの時だけLGBTQ支持のようなふりをし、ほかの日はヘイトスピーチを流し続ける」などのコメントも見られる。

 一方で、Netflixのほかの番組名を出し、「シャペルについては怒るのに、これらはいいのか」という、矛盾の指摘もあった。「彼らはデイヴ・シャペルをキャンセルしようとしているのではない。言論の自由をキャンセルしようとしているのだ」という警告もある。

 だが、シャペルを堂々と褒める人も、実は少なくない。その中にはトランスジェンダーの人も含まれる。ある人は、「私はトランスジェンダーだけれども、デイヴ・シャペルの番組は面白かった。大好きだった。全然腹が立たなかった。彼は、世の中の多くが言っていることを言っただけ」とツイート。やはりトランスジェンダーを自称する別の人も、「デイヴ・シャペルには腹が立たない。ジョークのネタにされたからといって悪口を言われたことにはならないし、私は笑った。キャンセルカルチャーの問題は、ちゃんと考えずに流されてしまう人が多いこと」と書いている。

 さらに別の人は「LGBTQコミュニティは、ジョークのネタにされたから怒っているのではない」と、興味深いコメントをした。ショーの最後のほうでシャペルが明かした体験談に居心地の悪さを感じるのだというのだ。過去に、シャペルはサンフランシスコでコメディアン志望のトランスジェンダー女性に出会い、仲良くなった。だが、その女性は、LGBTQコミュニティからいじめられ、自殺してしまったとシャペルは語ったのである。シャペルは、これをジョークとして語ってはいないし、この瞬間、会場はしんとなっている。だが、この投稿者は、コミュニティ内のそういったダークな部分を世間に明かしてほしくなかったと感じたようだ。

受け止め方はそれぞれ。線引きは微妙

 サランドスも言うように、コメディは、時に微妙だ。もちろん、誰かを差別し、あざ笑うのは絶対にいけない。意図的で意地悪なものはもちろん、たとえばかつてよくあった顔の黒塗りのように、無知ゆえの人種差別のジョークが人を傷つけてきた例は数多くある。そういったものは、確実に排除していかなければならない。

 しかし、このショーを最初から最後まで見て、シャペルが言っていることを聞くかぎり、筆者は、彼がトランスジェンダーの人たちをバカにしているとは感じなかったのである。そうではなく、彼はむしろ、トランスジェンダー嫌い、LGBTQ嫌いと批判されてきた自分自身を笑っているのではないかと思えたのだ。とは言っても、先に挙げたように、彼は「性別は事実だ」と、自分の性別を自分で決めることを否定するような発言もしているので、そこに対して怒るのは理解できる。その考えが古いと言われてもしかたがない。

 当事者としてどこまで気になるのか、繊細さの違いもあるだろう。シャペルは、アジア系やユダヤ系などもネタにしているのだが、筆者はアジア系のジョークに腹が立たなかったどころか、爆笑した。それは、コロナにまつわるネタ。完全に無症状ながら陽性反応が出たため、ある時期隔離生活を送ることを強いられたシャペルは、その間、自宅でいろいろなビデオを見て過ごしたという。その中に、黒人がアジア系に対してヘイトクライムの暴力をふるうものがあった。それを見て「なんと酷い」と感じつつ、同時に、「今、僕の体内で起こっているのと同じでは」と思ったと、シャペルは言ったのだ。それはつまりウィルスがアジアのものだと言っているわけで、差別とも言えるのだが、筆者はこれに関してそう受け取らなかったのである。

 彼は、黒人についてのジョークもたくさん言っている。たとえば、「僕はゲイコミュニティに嫉妬を感じているんだよ。彼らの運動はすごくうまくいったよね。僕ら(黒人の市民権運動)は100年も同じところでストップしていたのに」などだ。そんなシャペルはまた、自分がジョークの標的にするのは「白人だけ」だとも言う。特権階級である白人、とくに白人ストレート男性を、マイノリティがジョークのネタにすることは許される。ただし、「ゲイの人たちはマイノリティだけど、都合の良い時だけ白人に戻ろうとするんだよね」など、毒づいたことも言うのがシャペルだ。これを聞いて怒った人も、きっといただろう。

 いずれにしても、明日、ハリウッドには大勢の人が集まり、抗議の声を上げる。それは、前向きで健全なことと言える。そこから、シャペルのこの番組だけにかぎらず、もっと広いことに向けて意識が強まっていくかもしれない。好き嫌いにかかわらず、シャペルは、考えるための新たなきっかけをくれたのではないだろうか。

(Netflix)
(Netflix)

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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