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ジョエル・シューマカーが死去。多くのスターを発掘した映画監督

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 ハリウッドの映画監督で脚本家のジョエル・シューマカーが亡くなった。80歳。青春映画「セント・エルモス・ファイアー」や、ジュリア・ロバーツの初期の映画「フラットライナーズ」、日本で大ヒットしたジェラルド・バトラー主演の「オペラ座の怪人」、90年代の「バットマン」映画2本まで、あらゆるジャンルで活躍した名監督だった。パブリシストによると、この1年ほど、ガンと闘っていたという。

 1939年、ニューヨーク生まれ。インテリアデザインを学ぶが、自分の本当の情熱は映画作りにあると気づき、転向を決める。映画脚本家デビュー作は、1976年の音楽ドラマ「スパークル」。同年公開の「カー・ウォッシュ」は低予算コメディで、早くから才能の幅広さを発揮した。1981年にはSFコメディ「縮みゆく女」で初めて監督を務めている。

 1985年には、「セント・エルモス・ファイアー」で、デミ・ムーア、エミリオ・エステヴェス、ロブ・ロウをブレイクさせた。この時の思い出について、ムーアは昨年出版した自伝本「Inside Out」で振り返っている。

 ムーアがアルコール依存気味であることを聞いていたシューマカーは、衣装合わせの日、ほかの人のいる前で、「ビール1杯だけでも飲んだら、クビにするからな!」と、彼女に言い放った。それだけでなく、彼とプロデューサーのクレイグ・ボームガーテンは、翌日からムーアが依存症更生施設に入るよう手続きまでしていたのである。映画の撮影と両立させるため、30日のプログラムを特別に15日にしてくれたが、現場に行く時はカウンセラー同伴が条件だ。まだ無名だった自分のためにそこまでするとはと、当時、ムーアは驚いたそうである。しかし、「ジョエル・シューマカー、クレイグ・ボームガーテン、彼らの同僚がサポートしてくれたおかげで、自分ひとりだったら絶対やれなかったことを、私はやってみせられました。彼らをがっかりさせたくなかったし、この映画という、自分よりずっと大きなものがかかっていたからです」と、彼女は本の中で感謝を述べている。

「オペラ座の怪人」にジェラルド・バトラーを起用

 その後も、シューマカーは、「ロストボーイ」「フラットライナーズ」「フォーリング・ダウン」「依頼人」「評決のとき」「バットマン フォーエヴァー」「バットマン&ロビン」「8mm」などのヒット作を送り出し続けた。日本で大ヒットした「オペラ座の怪人」を監督したのは、ケイト・ブランシェット主演のサスペンス「ヴェロニカ・ゲリン」を撮り終えた後だ。

「オペラ座〜」が欧米で公開される直前、筆者は彼にインタビューをしている。「今、なぜ映画版『オペラ座の怪人』なのか」という問いに対し、「もっと多くの人に見てもらうことができるから」と、彼は答えた。

「舞台ミュージカル版を見たことがある人は、実はそれほど多くない。値段がとても高いからね。それに比べたら、映画は近くでやっているし、値段も安い。『サウンド・オブ・ミュージック』だって、舞台版を見た人は、そんなにいないと思うよ。アンドリュー・ロイド=ウェッバーとは知り合いで、これを映画にしてくれないかと、以前から言われていた。『ヴェロニカ〜』を撮り終えて、次に何を作ろうかなと思っていた時、思い出したんだよ」とも語っている。

 今作で、彼は、シンガーとしては知られておらず、有名スターでもなかったバトラーを主役に起用した。その少し前には「タイガーランド」でコリン・ファレルを抜擢している。「フラットライナーズ」を撮影した時に「プリティウーマン」はまだ公開されていなかったし、前に述べた「セント・エルモス〜」などを見ても、彼が新しい才能を見抜く優れた目をもつのは、明らかだ。「彼らから感謝されることはありますか」と筆者が聞くと、「彼らは最高の演技で僕にお返しをしてくれるよ。それが僕の求めること。もっとも、もし彼らが今後ずっと稼ぎの10%をくれるっていうなら、断らないけどね」と、ユーモアたっぷりに答えてくれている。

神という言葉を、差別や分断のために使うのは間違い

 ほかにも彼は、「マン・オブ・スティール」でスーパーマン役に抜擢されるより前にヘンリー・カヴィルを「ブラッド・クリーク」に起用したし、きわめてダークな「ナンバー23」ではジム・キャリーに主演を務めてもらったりした。最後に監督した映画は、2011年の「ブレイクアウト」。最も新しい作品に当たるのは、Netflixのドラマシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」だ。彼が監督を務めたのは第1シーズンなので、もう7年以上、現場を離れていたことになる。

 生涯独身で、子供はいない。ゲイであることをオープンにしてきた彼は、昨年、「Vulture」へのインタビューで、これまでに1万人か2万人の男性と性的関係をもったと明かした。「有名人ともセックスしたし、既婚者ともやった。彼らはそれを墓までもっていくだろう」とも、彼は言っている。また、それより前、BBCとのインタビューでは、神の存在について聞かれ、このように語った。

「神という言葉を使うのは好きじゃない。ヨーロッパではそうでもないが、アメリカでは使われすぎているから。アメリカで今やこの言葉は政治的に使われている。醜い意味をもつようになっている。『神様を信じますか』と聞くのは、攻撃のようになった。『イエス様を信じないならお前は僕らの仲間ではない!』とでもいうような。神、またほかのいかなるスピリチュアルな言葉が、差別や分断のために使われることを、僕は激しく嫌う。それは間違った使われ方だ」。

 彼がこう語ったのは、トランプが大統領に当選する2年前の、2014年。やはり彼は、優れた知性と世の中への目をもつ人だったのだ。お亡くなりになられたことが、本当に残念である。ご冥福をお祈りします。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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