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タランティーノ映画に出たレストラン、コロナ損害で三井住友海上を訴訟

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」にも出た老舗(筆者撮影)

 黄金時代からハリウッドの大物スターやプロデューサーに愛され、数々の思い出話を生み出してきた老舗レストランの歴史に、今、新たなエピソードが追加されようとしている。外出禁止令で営業できず、損失が増えていく中、「伝染病は適用外」と突っぱねる保険会社に対して訴訟を起こしたのだ。彼らが契約する保険会社は、ニューヨークにオフィスを構える三井住友海上の米国法人。レストランは今、新型コロナでどこも同じジレンマを抱えているが、訴訟という行動に出たケースはL.A.で初めてだ。

 その店は、昨年のタランティーノ映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」にも登場するムッソ&フランク・グリル。映画のはじめのほうで、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットがアル・パチーノと待ち合わせする店が、それだ。ほかにも、スティーブン・ソダーバーグ監督の「オーシャンズ11」、ジョン・ファヴロー主演の「スウィンガーズ」など、L.A.を舞台にする多くの映画がここでロケをしている。

 創業は1919年。昨年秋には、100周年を祝った。映画の製作がすべてハリウッドエリアに集中していたその昔、エグゼクティブやプロデューサーらは、この店でマティーニを飲みながらランチミーティングをすることを好んだという。今でもこの店のマティーニを「L.A.で一番」と呼ぶ人は多く、ドリンクのスタイルもクラシックなら、バーテンダーやウェイターの制服も、当時のままだ。スタッフの顔ぶれも同様で、4代目オーナーで最高執行責任者(COO)のマーク・エツェヴェリアが生まれる前から勤務し続けてきたベテランもいる。

 そんな古き良き時代の雰囲気に魅了される人々が押し寄せてくるおかげで、コロナ前まで、この店は、かなり広いにもかかわらず、予約がないと早めの時間でもなかなか席が取れないほどの大繁盛ぶりだった。しかし、新型コロナ対策として、L.A.市長エリック・ガーセッティが、先月15日、準備の余裕も与えないまま「本日深夜より、レストランとバーは営業禁止」と発表すると、突然にして完全休業に追い込まれる。

 外出禁止令のもとでも、テイクアウトとデリバリーでの営業は可能だ。しかし、ムッソ&フランクは、これらを扱っていない。そもそも、客にとって、この店の魅力はあの部屋なのであり、今から始めたとしても、需要は見込めない。エツェヴェリアがdot.laに語ったところによると、そんな中でも、店は、84人の従業員に100%の給料を払い続けている。連邦政府がコロナ経済対策として小規模ビジネスに提供する、従業員に給料を払っているかぎり返済しなくても良いローンも申請した。それでも、損失が膨らみ続けるのは明白で、年間46,000ドル(約500万円)以上の保険料を払っている三井住友海上に、すぐさま保険料の支払いをお願いしたのだが、却下され、訴訟に踏み切ったという。

損失が出たのはウィルスそのものでなく、市長の命令のせい

 たしかに、「ウィルスまたはバクテリアによる損失」は、契約書にある適用外のリストに入っている。そこはムッソ&フランクと彼らの弁護士も認めるが、今回の損失の原因はウィルスそのものというより政府の命令だというのが、彼らの言い分である。

「店を閉めなければならなくなったのは、政府がそうしろと言ったから。政府の要請、行動は、保険の適用外ではない。カリフォルニア州の法律のもとでは、保険会社は、最も主な原因が何かをしっかり分析することなく却下することは許されない」と、店側の弁護士はdot.laに語っている。エツェヴェリアの父で3代目オーナーのジョン・エツェヴェリアも、「うちの店でコロナ感染者はひとりも出ていない。病気になった従業員はひとりもいない。うちはコロナで閉めたわけではない。市長が閉めろと言ったからだ。彼がそう言ったのは、コロナが流行しているからかもしれないし、野生のコヨーテが歩き回っているからかもしれない。理由が何であれ、彼が命令した結果だ」と述べた。

 三井住友海上は、「係争中のケースについてはお答えできない」とノーコメントを通している。また、先に、損害保険会社の業界団体ACPIAの代表デビッド・A・サンプソンは、「パンデミックは保険でカバーできない。カバーするのが不可能だから」と、声明で述べている。サンプソンはまた、「過去に結んだ契約の条件を反故にしてカバーしろとなると、保険会社の支払い能力が脅かされ、ほかに存在する保険契約の約束を守ることが難しくなる」とも主張する。

 つまり、彼らの相手は、保険会社一社というより、業界全体なのだ。しかし、ムッソ&フランクは、恐れずに戦おうとする。100年生き延びてきた彼らにとって、障害は初めてのことではない。スペイン風邪流行の真っ最中に創業したこの店は、大恐慌も、第二次大戦も、リーマンショックにも耐えてきた。今回もきっと、彼らはきっと乗り切ってくれるはず。コロナ直前まで通い続けた常連客はもちろん、チャップリンやF・スコット・フィッツジェラルドも、天国から、そう祈っている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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