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「パラサイト」とカズ・ヒロが受賞、視聴率は史上最低。今年のオスカーが教えてくれたこと

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
カズ・ヒロと、彼が受賞スピーチで感謝を述べたシャーリーズ・セロン(写真:REX/アフロ)

「パラサイト 半地下の家族」で史上初めて英語以外の映画が作品賞を取るという、すばらしいことが起きた今年のオスカー授賞式は、一方で、視聴率が史上最低という、悪い意味での歴史も残してしまった。授賞式の興奮が少し落ち着いた今、今年のオスカーから学んだことを、振り返ってみよう。

統計はもうあてにならない

 賞レースを予測する上で最も大きな役割を果たしてくれてきたのが、過去の統計だ。たとえば、プロデューサー組合賞(PGA)はたいてい作品賞を言い当てるし、監督賞は、9割以上の確率で監督組合賞(DGA)と一致する。演技部門にひとつも食い込まなかった映画が作品賞を受賞することはとても稀で、編集部門に候補入りするかどうかもひとつの鍵になる。

 今年も、演技部門の受賞者4人は映画俳優組合賞(SAG)とまったく同じで、授賞式の前半こそ、やはりこれらは当てになると思われたが、そこからは違った。監督賞は、DGAを受賞したサム・メンデスではなく、「パラサイト〜」のポン・ジュノ。作品賞は、演技部門にまったく入らなかった「パラサイト〜」だった。10部門以上で候補入りした映画が4本もあったのに、6部門の「パラサイト〜」が受賞したのも、珍しいケースである。

 このように統計があまり意味をもたなくなったのは、アカデミー自体が変わってきたからだ。この4年の間に、アカデミーの会員数は6,000人前後から1万人弱にまで大幅に増えた。しかも、その多くは、マイノリティ、女性、外国人だ。これまでいなかった人たちが入ってきたことで、良いと思われる作品の傾向や、組合賞に投票する人たちとの重なり具合などが、以前と違ってきているのである。来年からは、もう古いツールに頼りすぎないほうがいいだろう。そもそも、統計によれば、外国語の映画は絶対に作品賞を取らないはずだったのだから。

カズ・ヒロは、またオスカーを取る

 日本出身の特殊メイクアップアーティスト、カズ・ヒロは、2012年に、この職業から引退している。本人いわく、理由のひとつは、自分が本当にやりたいと思っているような仕事が回ってこなかったこと。その前にも彼は「もしも昨日が選べたら」でノミネートされていたが、コメディということから、投票する人は本気で受け止めてくれなかった。もうひとつの理由は、わがままなセレブの相手に疲れたことだ。

 そんな彼が「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」を受けたのは、彼が前からやりたかった、実在の人物を作るという仕事だったからである。また、彼に直々にお願いをしてきたゲイリー・オールドマンは、現場を担当したアーティストにとっても(カズ・ヒロは、現場は行かないという条件で今作を受けている)、非常にやりやすい人だった。

 その映画で初のオスカーを受賞した彼は、2年後の今年、またもや実在の人物を作り上げる「スキャンダル」で、2度目の受賞を果たした。受賞スピーチでシャーリーズ・セロンに感謝の言葉を述べていることからも、今作で彼は良い人たちと組めたことがうかがえる。つまり、彼は、またもや望むことが揃ったプロジェクトを手がけることができたのだ。

 バックステージの記者会見で、彼は、「(『ウィンストン・チャーチル〜』は)ずっとやりたかったタイプの仕事で、僕のキャリアを大きく変えてくれました。あれのおかげでたくさんのすばらしい映画(のオファー)をいただけるようになりました。僕と仕事をしたいと言ってくれる俳優さんもたくさんいます。それはすばらしいことです」と語っている。今回の受賞は、彼が今最も優秀な特殊メイクアップアーティストであることだけでなく、どんな仕事なら興味を持ってもらえるのかも、業界に広く知らしめることになった。今後、彼のもとへは、優れた人々から、興味深い仕事のオファーが押し寄せることだろう。バックステージでは、引退はどうなったのかという質問に対しても「全然仕事をしないためにはたくさんのお金が必要。僕はそんな金持ちではないので、働かないといけません。ファインアートも好きですが、特殊メイクも好きなので、死ぬまでやり続けます」と言っている。彼が次のオスカーを取る日は、そう遠くないはずだ。

視聴率アップのための「絶対の策」はない

 オスカー授賞式の視聴率は、一般人に人気の映画が多い年のほうが上がる。「タイタニック」が受賞した年が大成功し、一般人がほとんど知らないインディーズ作品が主流を占める頃に低迷するようになったことからも、業界はずっとそう信じてきた。実際、「ブラックパンサー」「ボヘミアン・ラプソディ」「アリー/スター誕生」など大ヒット作が作品部門に候補入りした昨年は、前年に比べて視聴率が上がっている。

 しかし、北米だけで3億ドル以上を売り上げた「ジョーカー」に加え、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」「フォードVSフェラーリ」「1917 命をかけた伝令」という、1億ドル超えの作品が3本あった今年、番組を見た人は全米でたった2,300万人だった。昨年より20%もダウンで、なんと史上最低だったのである。

 昨年、アカデミーは、視聴率アップのため、作品部門のほかに「人気映画部門」を新設する案まで出したのだが、もしやっていてもどうせ無駄だったということ。また、昨年はホストなしの授賞式でも成功したが、今年はダメだった。過去にも、アン・ハサウェイとジェームズ・フランコのペアや、セス・マクファーレンなど、若い人受けすると思われるホストが、結果を出せていない。つまり、ホストがどうだからというのでもないのである。

 エミー、グラミーなど、授賞式番組の視聴率はどれも下がっており、これはオスカーだけの問題ではない。ストリーミングが台頭する中でも、スポーツや授賞式番組はまさにテレビでしか見られないものだが、若い人を中心にした「番組が中継されている時間に、最初から最後まで座って見ることをしない」という傾向には、歯止めをかけられないのかもしれない。それでも、来年の授賞式に向けて、アカデミーがなんらかの対策を取ろうとするのかが注目される。

「アイリッシュマン」の広告はL.A.の街中に溢れていた(筆者撮影)
「アイリッシュマン」の広告はL.A.の街中に溢れていた(筆者撮影)

お金でオスカーは買えない(が、部門によっては有効か)

「パラサイト〜」は、今年の作品賞候補作の中で、テレビスポット、街中のビルボードなど、お金のかかる広告を最も見なかったひとつだ。もちろん、彼らは彼らで、業界関係者がよく見るウェブサイトにバナー広告を出したりしていたが、筆者の個人的感覚では、「アイリッシュマン」「1917〜」「ワンス〜」「ジョーカー」「マリッジ・ストーリー」「ジョジョ・ラビット」などの広告は、ほぼ毎日、目にしたものの、「パラサイト〜」はそこまでではなかった。それでも、結局、勝ったのはあまり予算をかけられなかった「パラサイト〜」だったのである。

 だが、これは、誰もが最も重視する作品部門の話。そこで考えてしまうのが、長編ドキュメンタリー部門だ。今年、この部門は、全5作品のうちアメリカの映画はNetflixの「アメリカン・ファクトリー」のみ。残りの4作品が外国語の小さな映画で、ろくろくキャンペーンができなかった。結果、取ったのは、ビルボード広告や新聞広告にお金をかけた「アメリカン・ファクトリー」である。

 この映画は実際、良い映画なので、これが取ったことに異議を唱えるつもりはない。だが、キャンペーン費の使い方があまりに違いすぎて、果たして投票した人たち全員がほかの映画も見ていたのか、疑問が残るのだ。お金でオスカーは買えるのか、買えないのか。それは、誰にもわからない。わからない以上、使える人たちは、これのために今後もお金を使い続けるだろう。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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