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視聴率は過去最低。存在意義が揺らぐエミー賞授賞式番組

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
作品、主演女優、脚本部門で受賞したフィービー・ウォーラー=ブリッジ(写真:REX/アフロ)

「テレビは今、これまでになく大規模になった。そしてまた、これまでになく意義深くもなった」。

 西海岸時間22日夜、エミー賞授賞式の舞台で、ブライアン・クランストンは、誇らしげにそう語った。彼の言うことが正しいのは、多様性に富んだ受賞結果を見れば、明らかだ。

 だが、その一方で、エミー賞自体は、これまでになく一般人から遠く、どうでもいいものになってしまってもいる。翌朝発表された視聴率結果によると、昨夜、この授賞式を見たのは全米でたったの690万人(アメリカでは視聴率を表示するのにパーセントではなく人数を使う)だった。これは、過去最低である。近年、授賞式番組の視聴率はのきなみ下降しているのだが、それらと比較しても、きわめて低い。たとえば今年のオスカーは視聴者数2,960万人、グラミーは1,990万人だった。

 さらに、これは、昨年に比べても、なんと32%のダウンなのである。NFLの試合と重なったことは原因のひとつと考えられるが、授賞式が月曜だった昨年も、裏ではNFLがあった。日曜のほうが月曜よりフットボール中継の人気が高いのはたしかだが、それにしてもこの落ち方は極端だ。では、本当の原因は何なのか。それもまた、受賞結果に明らかである。

有料サービスの加入者ですらついていけない膨大な作品数

 今年、受賞数が最も多かったのは、34個を獲得したHBO。その後はNetflixの27個、Amazonプライム・ビデオの15個、ナショナル・ジオグラフィックの8個が続き、お金を払わなくても見られるメジャーネットワークのNBCが出てくるのは、その次だ。しかも、NBCに受賞をもたらしたのはバラエティ・スケッチシリーズ部門の「Saturday Night Live」で、花形であるドラマシリーズ、コメディシリーズ、ミニシリーズ、テレビ用映画の部門は、全部、プレミアムケーブルチャンネルのHBOか、ストリーミングのNetflix、Amazonに占領されている。つまり、それらに加入していない視聴者にしてみたら、「聞いたことはあるけれど、実際に見たことはない」ドラマばかりが賞を争ったのだ。

 もちろん、この傾向は、HBOがエミーで最多ノミネーションを果たすようになった頃から始まったものであり、決して新しくはない。その後、各ケーブルチャンネルやストリーミング会社が次々にオリジナル制作に乗り出すにつれ、じわじわと、しかし確実に、メジャーは隅へ押しやられてきたのだが、そのピークがついに今年訪れたのである。Netflix、Amazon、Huluがますますコンテンツ数を増やそうとし、リスクが高いと思われる作品にもゴーサインを出してきたことによって、絶対数だけでなく、良いとされる作品の数も増え、それらに加入している人ですら、全部にはついていけなくなってきた。つまり、今年は、それらの人にとっても、見ていない作品が多い年になってしまったのではないかと思われるのだ。

主な部門の受賞結果:

ドラマシリーズ部門:「ゲーム・オブ・スローンズ」(HBO)

コメディシリーズ部門:「Fleabag フリーバッグ」(Amazonプライム・ビデオ)

ミニシリーズ部門:「チェルノブイリ」(HBO)

テレビ用映画:「ブラック・ミラー:バンダースナッチ」(Netflix)

主演男優部門(ドラマシリーズ):ビリー・ポーター「POSE ポーズ」(FX)

主演女優部門(ドラマシリーズ):ジョディ・コーマー「キリング・イヴ/Killing Eve」(BBC America)

主演男優部門(コメディシリーズ):ビル・ヘイダー「バリー」(HBO)

主演女優部門(コメディシリーズ):フィービー・ウォーラー=ブリッジ「Fleabag フリーバッグ」(Amazonプライム・ビデオ)

 それでもまだ自社内で食いあえるのなら、贅沢な悩みだろう。皮肉なことに、エミー賞授賞式を放映するのは、それらを抱える人たちではなく、今や完全戦力外のメジャーネットワーク。今のエミーの状況は、エミーをずっと育ててきたメジャーにとって、まったくもって本末転倒なのである。

エミーはメジャー局が自社番組を宣伝する場だった

 ストリーミングという言葉すら存在せず、ケーブル局はメジャー局の番組の再放送や昔の映画をかけるものだった頃、エミーは、メジャーが、これから始まる新クールの番組を宣伝するために使う場所だった。9月後半に行われるのも、アメリカでは、従来、テレビは9月末から10月にかけて始まり、5月に終わる1クールだったからである。

 学校が休みになる6、7、8月、テレビは、プライムタイムでも再放送が中心。エミー授賞式は、いわば新シーズン開始の儀式のようなもので、みんなが愛する人気番組のスターが集まるところを見せては興奮を高め、CM枠に自社番組の広告スポットを入れることで新番組を知ってもらう機会だった。ホストには自社でトーク番組をもつ人気コメディアンを立てればいいし、プレゼンターにも自社ドラマのスターを出してこられる。そういうメリットがあるから、エミーはメジャー4局(ABC、CBS、NBC、FOX)が持ち回りで放映してきたのだ。

 しかし、近年のエミーでは、コマーシャルタイムですら、NetflixやAmazonのスポットが目立ってきている。昨夜の放映では、11月にサービスを開始するDisney+、Apple TV+も広告を打っていた。来年は、おそらくこれらもエミーに参戦してくるのだろう。それを多少歯がゆく感じても、お金を払ってくれる以上、それらの広告を拒む理由はない。むしろ、視聴率が落ちる中、それらの広告主は、より貴重である。

 そこまでして、メジャー4局がこれからもエミーの放映を続ける意味はあるのだろうか。テレビのあり方、見られ方、定義そのものが変わってきている中、エミーをどう放映するかも、見直すべき時期に来ているのではないか。エミーを放映することにメリットを見出す会社は、きっと、ほかにあるだろう。メジャーリーグも最近ではYouTubeでのライブ中継を実験的に行っているくらいであるし、YouTubeもエミーに参戦してきている中、たとえばYouTubeで授賞式を放映してみたら、どうなのだろうか。時期にしても、クールに関係なく、いつも作品をリリースし続けるストリーミングが中心になってきた今、9月にこだわる必要は、もはやない。

 もちろん、ほかに指摘されるまでもなく、内部にいる人こそ、誰よりもそのことについては十分考えているはずだ。その中にはきっと、すばらしいアイデアもいくつかあるのではないかと思う。果たして、来年にも何か変化は期待できるのだろうか。昨夜の数字を見るかぎり、それにノーと言うのが自殺行為なことだけは、間違いなさそうである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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