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役のために太ったシャーリーズ・セロンの役者魂と、その映画を男が見るべき理由

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「タリーと私の秘密の時間」のシャーリーズ・セロンとロン・リビングストン

「タリーと私の秘密の時間」は、説明するのがとても難しい。前半は、3人目が生まれてこようとしている夫婦の日常が描かれていき、いったい何を語ろうとする映画なのか、よくわからない。結末でそれがはっきりするのだが、その時、どっと暗い気分になるのか、「なるほど」と素直に感心するのかは、観る人次第である。

 いずれにしても、今作が、出産、育児という事柄の中でも、これまでほとんど語られてこなかったダークでリアルな部分を突く興味深い映画であることは、誰も否定できないだろう。脚本を書き下ろしたのは、自らも3人の子の母で、妻であるディアブロ・コディ。彼女ならではの視点を見事に映像化したのは、「JUNO/ジュノ」「ヤング・アダルト」でも彼女と組んだジェイソン・ライトマン監督だ。

 ライトマンによると、「タリー〜」は、言ってみればライトマンとコディが贈る3部作の3作目のような存在らしい。今作に主演するシャーリーズ・セロンは「ヤング・アダルト」からチームに加わったが、ふたりは今や、ハリウッドにいくつかある監督と主演俳優の黄金コンビのひとつである。

 L.A.で行ったライトマン監督のインタビューでは、セロンが役のために太った過程や、映画が語ることについて、いろいろ聞かせてもらった。中には、興味深いながらネタばれになる危険がある部分もあったので、そこを避けつつ、彼の話を紹介する。

ジェイソン・ライトマン監督は、2006年の「サンキュー、スモーキング」でデビュー。「JUNO/ジュノ」と「マイレージ、マイライフ」でオスカーにノミネートされた。
ジェイソン・ライトマン監督は、2006年の「サンキュー、スモーキング」でデビュー。「JUNO/ジュノ」と「マイレージ、マイライフ」でオスカーにノミネートされた。

妻マーロ(セロン)の視点から語られるこの物語で、夫ドリュー(ロン・リビングストン)は、妻がどこまで追い詰められているのか、よく理解していません。この夫婦関係に共感する人は、多いのではないでしょうか。

そう思う。僕自身は、この妻にも、夫にも共感するね。愛し合っていたカップルであっても、熱が失われることはある。夫婦が、お互い空気みたいになってしまうことが。ディアブロはそんな状況を書き、僕はそれをとても正直だと感じた。ただ、これをやるならば、夫役を正しい俳優に演じてもらうことが絶対条件だと思ったよ。彼を悪者にするのは簡単。だが、僕はそれをしたくなかった。だから、好感をもてる人であることが大切だ。

セロンはこの役のために、1日に12本コーラを飲み、炭水化物をたっぷり摂って20kg近くも太った。夫役を「SEX AND THE CITY」でバーガーを演じたリビングストンが名演。
セロンはこの役のために、1日に12本コーラを飲み、炭水化物をたっぷり摂って20kg近くも太った。夫役を「SEX AND THE CITY」でバーガーを演じたリビングストンが名演。

ロンは、まさにパーフェクトな役者だった。映画の中で、夫がひとりでゲームをしているシーンがある。だけど、妻だってiPadを見ているんだよ。それは、よくある光景。どっちが悪いというのではないよね。そういうシーンを、ある程度の温かさをもって描くのは、結構難しいことだ。

シャーリーズは、この映画のために20kg弱も太ったそうですね。ヘルシーな食生活をやめたせいで、うつ状態になり、それが思わぬ形で役のためになったとも彼女は言っていましたが。

ああ、この映画で出てくるのは、ほとんど全部が彼女自身の体だよ。プロステティックをつけているシーンは2箇所しかない。この役のために、彼女はジョギングなどをすべてやめた。太ろうとしている時には、ミルクシェイクやらハンバーガーやらをほおばっている写真を、まめに僕に送ってもくれたよ。彼女はもともとダンサー志望で、昔から自分に厳しいライフスタイルを貫いてきた人。だから、いろんなものを好きなだけ食べる生活は、最初の1週間こそ楽しかったものの、その後は気分に影響したようだ。これはまた、精神的な面でも、彼女を役に近づけることになった。

シャーリーズは、あなたから電話があったら、どんな映画かも聞かずに出演に承諾すると言っていました。あなたたちの間に築かれた信頼関係について語っていただけますか?

僕は、現実的だと感じる映画しか作りたくない。シャーリーズもそう思っている。僕たちはいつも、「どうやればもっとリアルになるだろうか?」と考える。無難にやるという選択肢はないんだ。僕が組む役者の中にはいないけれど、映画を見ていると、時々、「ちなみに私自身はこういう人じゃありませんよ。そうじゃないからこのシーンは笑えるんです。でしょ?」と観客に密かに訴えてくるような俳優がいる。彼女は、断じてそんなことをやらない。自分がどう見えるかなんて、気にしないんだ。彼女は、恐れを知らない女優。ユーモアのセンスもたっぷりで、最も才能ある女優でもある。そんな人が僕を信頼してくれるなんて、ラッキーだ。

この映画は、男性も見るべき映画だと思いますか?

ああ、断然、男も見るべき映画だよ。表面的には、母についての話に見えるかもしれないが、これは、人間の成長を語る映画なんだ。「JUNO/ジュノ」は、早く大人になりすぎる話だった。「ヤング・アダルト」は、大人になりきれない人の話。

マーロ(セロン)は、夜だけベビーシッターに来てもらうことに決める。それがタイトルにあるタリー(マッケンジー・デイヴィス、写真左)。だが、「これは子供のいない人にも共感できる話」とライトマン。
マーロ(セロン)は、夜だけベビーシッターに来てもらうことに決める。それがタイトルにあるタリー(マッケンジー・デイヴィス、写真左)。だが、「これは子供のいない人にも共感できる話」とライトマン。

これは、若かった頃の自分にさよならを言うことについて語る。それは、男女に関係なく、また、子供がいてもいなくても、共感できることだ。人生において、自分は今、こういう時期にあるべきなのだと気づき、「ああ、もう、あんなことをやれる時期は終わったのだな」と、ふと思うことは、誰にだってあるだろう。ディアブロは、それを、とても美しい形で表現してくれた。

とは言っても、女性の視点から書かれた話であるのは事実です。男性であるあなたが監督する上で、何か注意したことはありましたか?

それはなかったな。僕は、才能豊かでユーモアのセンスのある女性たちに囲まれているから大丈夫さ。ディアブロ、シャーリーズ、そしてプロデューサーのヘレン・エスタブルック。僕が何か間違ったことをやろうとしたら、彼女らからバシッとそう言われるよ(笑)。

「タリーと私の秘密の時間」は、17日(金)より全国公開。  

写真/2017 TULLY PRODUCTIONS. LLC

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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