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ハリウッドのセクハラ騒動:新たに告発されたのは死人で、ブラッド・ピットの友人

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「マリアンヌ」のプレミアに現れたブラッド・ピットと故ブラッド・グレイ(写真:Shutterstock/アフロ)

 ハーベイ・ワインスタインのセクハラとレイプの実態が暴露されて、7ヶ月。衝撃の記事を最初に出した「New York Times」の女性記者2名と、その数日後に「New Yorker」に別の記事を発表したローナン・ファローは、先月、ピューリッツァー賞を受賞した。ブラッド・ピットは、この「New York Times」の女性記者がワインスタインの邪悪な行動を暴いていった過程を描く映画をプロデュースすべく、早くも動き出している。映画は、「スポットライト 世紀のスクープ」のような、優れたジャーナリズムを讃えるものになるということだ。

 そんな中、実に皮肉な出来事が起こった。昨年亡くなったパラマウント・ピクチャーズの元CEOブラッド・グレイに、レイプされ、恐喝を受けたとする訴訟が、男性によって起こされたのである。

 グレイは、かつてピットのマネージャーだった人。2001年には、ピット、当時のピットの妻ジェニファー・アニストンと組んで、プロダクション会社プランBを創設し、「チャーリーとチョコレート工場」「ディパーテッド」などを製作している。2005年、グレイはパラマウントにCEOとして引き抜かれ、離婚でアニストンも抜けたため、プランBはピットを残すだけになったが、パラマウントとプランBは業務提携を結び、その後もふたりは「マイティ・ハート/愛と絆」「ワールド・ウォーZ 」「グローリー/明日への行進」などを送り出していった。

 グレイを高く評価するタレントはピット以外にも多数おり、彼のリーダーシップのもと、パラマウントは、「トランスフォーマー」シリーズやJ・J・エイブラムスでリブートされた「スター・トレック」など、数々のヒットを生んでいる。だが、近年はヒットに恵まれず、パラマウントの親会社ヴァイアコムのお家騒動問題に巻き込まれたこともあって、昨年2月、グレイは突然、辞職を表明した。それ自体も相当なショックだったのだが、その3ヶ月後に、彼は59歳にして亡くなったのだ。誰も知らなかったが、彼はガンを患っていたのである。

口無しの死人を訴訟するケースは初めて

 この訴訟を起こした現在29歳のロヴァー・カリントンは、グレイにはほかにも知られざる部分があったと主張する。

 コメディ俳優モー・ハワード(『スリー・ストゥージズ』)の曽孫であるカリントンは、2010年、パラマウントのスタジオ内で、系列であるMTVのためのリアリティ番組企画に取り組んでいた。だが、その年末のある夜、彼はグレイからディナーに誘われ、帰りに無理やりキスをされる。ショックで何もできないでいる彼に、グレイは、自分とセックスすることを拒否したらこの業界で働けないようにしてやるというようなことを言った。翌月のゴールデン・グローブ授賞式の後も、彼はグレイのホテルの部屋に呼び出されて、レイプされたという。

 カリントンは、その事件の後、パラマウントの人事部から電話を受け、その件について口外しないという書類に署名するよう言われたとも明かした。署名をすればお金をもらえると言われたが、彼は拒否し、その結果、パラマウントから縁を切られたとのことである。そのブラックリストは、パラマウントとヴァイアコムだけに限らないものだったと後にわかったとカリントンは訴えている。

 カリントンの訴訟相手には、元MTVのエグゼクティブ、ブライアン・グレイデンも含まれる。ゲイの出会い系サイトで知り合った時、グレイデンはすでにMTVを離れていたが、カリントンをブラックリストから削除してあげるという約束と引き換えに、性行為を要求したということだ。

 グレイデンの弁護士は、この訴訟を、「何かを得たいがために人がよく使う手」「まるで根拠のない、世間の注意を引こうとするもの」と一蹴。グレイとグレイデンは「いずれも尊敬されてきた人物」であり、とくにグレイは「もう亡くなっていて、発言することもできない」との声明を発表した。

 ソーシャルメディアにも、「訴える相手がもう死んでいるとは、なんとも都合がいいですね」と言ったコメントが、ちらほらと見られる。ワインスタイン騒動が起こって以来、ヒッチコックや20世紀フォックスのトップだったダリル・F・ザヌックなど、昔にもいたセクハラ男の名前はたびたび出されてきたものの、もう亡くなっている人を訴訟するというのは、実際のところ、初めてのケースだ。カリントンは、グレイの遺族、グレイデン、パラマウントに対し、1億ドル(109億円)の損害賠償を要求している。

ほかにもある、今週のセクハラ関係アップデート

 ほかにも、今週は、すでにセクハラで地位を追われた有名キャスターのチャーリー・ローズに対し、新たな被害者が複数名乗り出るという出来事があった。これまでに明らかになったローズの被害者は、27人に上る。

 また、ワインスタインの80人以上に及ぶ被害者のひとりであるアシュレイ・ジャッドは、今週、ワインスタインを単独で訴訟している。「New York Times」の最初の記事に名前が出たジャッドは、暴露に貢献した人。その後、ピーター・ジャクソンが、「ロード・オブ・ザ・リング」の候補に彼女を考えたのに、ワインスタインが彼女の悪口を言ったせいで話を回さなかったという告白をした。それはジャッドが性的要求に応じなかった仕返しだったのだが、そんな裏事情を今まで知らなかったジャクソンは、メディアを通してジャッドに謝罪したのである。この訴訟は、それを受けてのもの。ワインスタインに対してはすでに集団訴訟が起こされているが、ジャッドはそれとは別に、個人的に名誉毀損され、キャリアの妨害を受けたと言っているのである。

 さらに、アカデミーがついにロマン・ポランスキーに対して動いたというニュースもあった。

 セクハラ騒動でワインスタインがアカデミーを追放された後、70年代に13歳の少女をレイプした罪を認めながら国外逃亡したままのポランスキーはそのままでいいのかという疑問や批判の声は、絶え間なく上がっている。どうしていいものか決めかねていたアカデミーをプッシュしたのは、やはり過去のレイプで裁判を受けていたビル・コスビーに、先週ようやく出た有罪判決だった。

 コスビーは、「ゴースト・パパ」「ジャック」など映画にも出ているが、主にはテレビで愛されてきたコメディアン。国外逃亡した後にもオスカー監督賞をあげてしまったポランスキーよりも、会員資格を剥奪するのはずっと簡単だ。だが、そうなるとなおさら「じゃあ、ポランスキーは?」となる。この勢いでやってしまうのは、まさに得策だったのだろう。ポランスキーの弁護士は闘うかまえだが、アカデミーも決定は変えないという姿勢を見せている。

 一方で、このような制裁に対する論議も絶えない。たとえば、最近アカデミーの役員を辞任した20 世紀フォックスの元CEOビル・メカニックは、アカデミーが個人行動の警察になることに反感を示している。また、セクハラ疑惑のせいでAmazonの主演ドラマ「トランスペアレント」から追放されたジェフリー・タンバーが、ライバルのNetflixからはまだ出演を許されていることも、そのうち大きな物議を呼ぶことになりそうだ。完全に黒でない人をとりあえず黒と扱ってしまうことは、今、最も大きな焦点のひとつなのである。

 筆者は、以前の記事で、2017年をハリウッドのセクハラ認識元年と呼んだ。元年とは、そこが始まりということ。そう考えると、これらのニュースは、決して驚きではない。

 これからも、まだまだいろんなことが起こるのだろう。それによって正当にも不当にも、苦しむ人は出てくるはずだ。中には、便乗もあるかもしれない。だが、元年を過ぎ、落ちついていくについて、それらはいくらか淘汰され、対応も洗練していくのではないだろうか。そんなふうに、すべてが良い目的のための教訓となっていくことを、とりあえず願うばかりである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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