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負債5億ドル、手持ちの現金50万ドル。栄光をきわめたザ・ワインスタイン・カンパニーの最期

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
タランティーノもボブ(左)とハーベイ・ワインスタインの会社から支払いを待っていた(写真:Shutterstock/アフロ)

“オスカー荒らし”から火の車に。数々の名作を生み出したザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)の末期は相当に悲惨な状況だったことが、今週の破産申請であらためて明らかになった。

 裁判所に提出された書類によると、破産申請当時、TWCの手持ちの現金は50万ドル(約5,250万円)以下。85人の正社員を抱え、給料だけでも1年に2,100万ドルかかるというのにである。一方で、負債額は5億ドル(約525億円)以上。申請書にある支払いを待つ会社や個人のリストは394ページにも及び、中にはTWC作品に出演したジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ、ダニエル・ラドクリフら俳優や、TWCで映画を作り続けてきたクエンティン・タランティーノ、インターンをしたマリア・オバマ、映画アカデミー、L.A.警察、寄付を約束していたと思われるアメリカ自由人権協会(ACLU)、アメリカがん協会などの名前が連なる。

 最も大きな債権者は銀行だが、中国の大連万達(ワンダ)グループも1,440万ドルを貸していることがわかった。振り返ってみれば、2016年、ワンダによるハリウッドの“爆買い”が問題視された時も、ハーベイ・ワインスタインは一貫してワンダの味方だった。当時、ビバリーヒルズに建設中だったウォルドルフ=アストリアの隣にワンダがホテルを建てると発表し、強い反対の声が上がっても、ワインスタインはワンダの創設者、王健林を絶賛、自分の映画のプレスジャンケットやパーティはワンダのホテルで行うと宣言しては、ウォルドルフや近辺のビバリーヒルズのホテルのオーナーをショックに陥れたものだ。

 こんな大きな借りがあったとあれば納得だが、一方、ワンダのほうも、その後、すっかり勢いを無くしてしまった。この敷地も工事が進まないまま、放ったらかし状態だ。メリットがないのに貸した金は今すぐにでも返してほしいところだろうが、ワンダは担保なしでこの大金をワインスタインに融資したということである。

以前から苦しかった経営状態はセクハラ暴露で最悪の状態に

 TWCは、最近ヒットに恵まれず、昨年春にはテレビ部門の売却も試みたものの、望むような買い手がつかなかった。そんな中、10月頭に、「New York Times」と「New Yorker」が、ハーベイ・ワインスタインの長年にわたるセクハラや性暴力を暴く。これを受けて、アマゾンやアップルは即、TWCとの共同プロジェクトから手を引き、北米ではTWCが配給するはずだった「パディントン2」も、ワーナー・ブラザースに売り渡された。

 この売却は、家族向けの心温まるこの映画をこんなスキャンダルと結びつけるわけにはいかないという、イギリス人プロデューサー、デビッド・ハイマンの強い意向によるところが大きい。が、そもそも、この段階で、TWCには映画の公開に必要となるさまざまな経費を払う余裕がまるでなかったので、必然の道だったと言えるだろう。TWCにしてみたら、これで入ってきた1,300万ドルは、非常にありがたかったはずだ。

 それでも、しょせんは焼け石に水。あらゆる会社やタレントからそっぽを向かれる中、暴露報道の直前に週あたり200万ドルあった収入は、先週の段階で、たった15万ドルに落ちこんでいたそうである。TWCの再建業務を率いるロバート・デル・ジェニオは、「長年、一緒に仕事をしてきた関係にある人々も、折り返しの電話をくれなくなった」と述べている。

数々の名作を送り出した輝かしい過去。未来はいかに?

 ワインスタインが弟ボブとTWCを創設したのは、2005年のこと。兄弟は1979年にミラマックスを創設し、ディズニーに売った後もそれまでどおりに経営していたが、ディズニーとの間の摩擦が高まり、ミラマックスを後にして新たに立ち上げたのが、この会社である。

 ミラマックス時代から“オスカー荒らし”と呼ばれたワインスタインは、TWCでも「英国王のスピーチ」「アーティスト」で2年連続作品賞を獲得するなど、アカデミー賞授賞式で圧倒的な存在感を誇り続けた。勢いを失った近年でも、「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」「キャロル」「LION/ライオン〜25年目のただいま」などを複数部門で候補入りさせている。TWCが送り出した名作には、ほかに、「愛を読むひと」「イングロリアス・バスターズ」「シングルマン」「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」「ジャンゴ/繋がれざる者」「フルートベール駅で」「大統領の執事の涙」などがある。

 TWCが所有する映画のタイトルは277本。これらの映画は、今年1年で1億5,100万ドルの収益を上げる見込みだ。今後公開予定の映画には、セクハラ騒動で棚上げになったホラー映画「Polaroid」、トロント映画祭でプレミアしたベネディクト・カンバーバッチ主演作「The Current War」とニコール・キッドマン出演作「The Upside」、デヴ・パテルがプロデューサーも兼任する「Hotel Mumbai」、フランスではすでに公開された「The Man with the Iron Heart」などがある。また、現在製作中の作品には、マイケル・ムーアのドキュメンタリー「Fahrenheit 11/9」などが含まれる。

 セクハラ暴露でTWCが危機に陥った時、これら今後の作品を単体で買いたいと名乗り出た会社は多く、それらの会社は今も同じ気持ちだと思われるが、連邦破産法第11条の363ルールのもと、TWCは、ランターン・アセット・マネジメント社を、丸ごと買い取ってくれる仮の相手に選んだ。ランターンは現金で3億1,000万ドルを払う約束をしており、彼らに打ち勝つことを願うライバルは、4月末の締め切りまでに、これを上回る魅力的なオファーをかける必要がある。

 ランターンの主な事業はリゾートやゴルフ場の経営で、エンタテインメント業界への参入は、これが初めてということ。経営の再建は同社のCEOが得意とするところのようだが、過去と同じように名作を作り出していく会社へと建て直せるのかどうか、気になるところだ。

 ミラマックスも、ワインスタイン兄弟が離れた後、何度かオーナーが変わったが、いずれも過去の作品から利益を得るだけで、新たな傑作を生み出すことには力を入れなかった(かつてのオスカー荒らしミラマックスは、今どうしているのか)。今やその名を聞くと、懐かしいと同時に、なんとなく悲しく感じるほどである。TWCの新オーナーが最終的に誰になるのであれ、悪いイメージのついたワインスタインの名前は、社名からはずされるだろう。だが、優れたセンスと、映画作りへのエネルギーは、引き継いでほしいものだ。映画ファンはもちろん、数々の困難をくぐりぬけ、生き残った社員たちも、きっと、そんなやりがいのある未来を期待している。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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