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日本がハリウッド映画の撮影を誘致するためには、何をするべきなのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
L.A. 総領事公邸でのイベントには浅野忠信も出席した(撮影/猿渡由紀)

 芸者の世界を描く「SAYURI」は、L.A.で撮影された。遠藤周作の小説を映画化する「沈黙-サイレンス-」のロケ地は、台湾。「ラストサムライ」はニュージーランド、「硫黄島からの手紙」はアイスランドとカリフォルニアで撮影されている。

 もちろん、「ロスト・イン・トランスレーション」や「ウルヴァリン:SAMURAI」など、日本でロケを行った映画もあるが、ごく少数派だ。日本はあらゆる意味で撮影が難しく、新幹線が舞台となる三池崇史の「藁の楯 わらのたて」ですら、主に台湾で撮影されたくらいである。

 ハリウッド映画の撮影誘致は、アメリカ国内はもとより、世界のあらゆる国が、地元の経済のために重要視すること。自分のところに来てもらえるよう、ほかを上回る税金優遇制度を設置したり、L.A.のスタジオを訪問して売り込んだりと、どこも積極的に活動している。アジアが舞台になっている「ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝」をモントリオールが獲得できたりしたのも、物価が高いロンドンで多くの撮影が行われているのも、そういった努力の結果。つい最近は、ポルトガルも、この競争に参入の姿勢を見せたところだ。

 そんな中、日本も黙っていてはいけないと、ハリウッドのお膝元にあるL.A.日本国総領事館とJETROのL.A.事務所が立ち上がった。日本政府にこの問題を提言すべく、彼らは「ロサンゼルス官民タスクフォース」を結成。先週には、L.A.総領事公邸にメディアや関係者を招待し、諸外国の撮影誘致インセンティブや撮影許可手続きの実態などの調査結果をまとめた「日本のコンテンツ(映像)関連ビジネスに対するハリウッドからの提案/世界で稼ぐために今やるべきこと」と題した提言書を発表している。

 イベントでは、まず、千葉明L.A.総領事が、「グローバルなコンテンツ業界において、日本には何が欠けているのか。日本でロケをしたいとハリウッド映画に思ってもらうには、どうすればいいのか。そのレポート、提案を発表するのが、本日の目的です」と挨拶。続いて、タスクフォースのメンバーでもある、日本生まれ、アメリカ育ちの俳優マシ・オカ(『HEROES/ヒーローズ』)がスピーチをした。

タスクフォースのメンバーでもあるマシ・オカ(撮影/猿渡由紀)
タスクフォースのメンバーでもあるマシ・オカ(撮影/猿渡由紀)

オカは、「ここにいる僕たちは、幸運なことに、日本をよく知っています。でも、世界の多くの人にとって、日本を知るのは、あくまでメディアを通して。その意味で、ハリウッドほど、パワフルなものはありません。僕は、世界の人々に、アニメ、寿司、ハイテクなトイレ、桜、ホワイトデー、ラジオ体操などを知ってほしい」と述べた。さらに、「東京オリンピックもあって、日本への興味は増しています。今こそ、完璧なタイミングなのです。世界と競争できるように、長く続けられるインセンティブを作りましょう。そうすることでハリウッドの映画やテレビを誘致でき、日本の描写を‘なんちゃって日本’ではなく、本当の日本にすることができるのです」とも語っている。

「東のハリウッド」を狙うもあえなく敗退した中国の例

 このイベントではまた、アマゾンで配信されるドラマ「モーツァルト・イン・ザ・ジャングル」のエグゼクティブ・プロデューサーであるウィル・グラハムもスピーチをした。第4シーズンで日本ロケを行うと決めた理由として、彼は、自分が過去に種子島に住んでいたことと、日本はクラシック映画への理解と愛が深いことを挙げている。日本ロケの感想は、食べ物が美味しかったこと、クルーにやる気があることなど。一方、向上すべき部分として、言葉の問題、外国映画を撮影した経験がある人を増やすこと、撮影許可が簡単に下りるようにすること、そして税金優遇制度を設置することを挙げている。

「モーツァルト・イン・ザ・ジャングル」のエグゼクティブ・プロデューサーであるウィル・グラハム(左)は、種子島に住んだ経験があるということ(撮影/猿渡由紀)
「モーツァルト・イン・ザ・ジャングル」のエグゼクティブ・プロデューサーであるウィル・グラハム(左)は、種子島に住んだ経験があるということ(撮影/猿渡由紀)

 とくに税金優遇制度は、「渡航に伴う経費と差し引きして、予算が増えなくなるために必須」だ。実際、これを用意していない国は、映画産業トップ10の国(アメリカ、カナダ、中国、日本、インド、イギリス、フランス、韓国、ドイツ)の中で、日本と中国だけである。その中国も、近年、大連万達(ワンダ)グループが、青島に巨大な映画スタジオを建設するという野心的なプロジェクトを立ち上げ、日本の先を行こうとした。しかも、彼らは、税金リベート40%という、誰も太刀打ちできないインセンティブをオファーしたのだ。

 ワンダが主催した青島オリエンタル・ムービー・メトロポリス発表イベントには、レオナルド・ディカプリオ、ニコール・キッドマン、ジョン・トラボルタらハリウッドスターが出席。後に行われたL.A.での誘致イベントでは、マット・デイモン、当時のアカデミーのプレジデント、L.A.市長などがスピーチした。だが、デイモンが主演する、ワンダ関連会社レジェンダリーの「グレート・ウォール」などの撮影は行われたものの、ほかからの引きは弱く、ワンダは昨年、このスタジオを、100%の完成を待たずして売りに出している(中国のワンダが撮影スタジオを売却へ。“東のハリウッド”は短い夢で終わった。インセンティブがここまで魅力的なのにプロデューサーたちが飛びつかなかったのは、まさに先に出たグラハムのコメントにあったとおり、言語と文化の問題、ハリウッドの撮影に慣れたクルーがいるかどうか、そして、地理的に遠いという問題だ。

 この3つは、どれも非常に現実的な問題である。税金リベートというプレゼントをあげる条件として、どの州や国も必ず、その撮影で現地の人がどれだけ雇われるべきかを挙げるもの。製作側にしても、末端のクルーまで飛ばしていては、お金がかかりすぎて意味がないので、それはお互い様である。つまり、現地のクルーがいかに優秀か、すんなりコミュニケーションが取れるかどうかは、ロケ場所選びの決め手のひとつになるのだ。だからこそ、長年ハリウッド映画を誘致してきたトロントやバンクーバー、現地クルーがしっかり育ったルイジアナ州、ジョージア州、もともとその文化があるイギリスが強いのである。

 これらの街が全部英語圏であることも、重要な要素だ。近年ではプラハ、ブダペストなど物価が安い東欧もハリウッド映画を誘致しているが、これらの国も、中国と違い、英語ができる人が非常に多い。また、ハリウッドスターは、食べ物に関しても、いろいろと注文があるものだ。ベジタリアン、オーガニックなどの要望はもちろんアクション映画で栄養士が特別に作る食事プログラムにきちんと対応できるかどうかは、軽視できない部分である。

 さらに、距離の問題も無視できない。英語圏であり、これらのことに対応できるオーストラリアもしばしばほかに負けるのは、そのせいだ。バンクーバーは、L.A.から飛行機で3時間、時差もない。つまり、スターやプロデューサーが週末に自宅に帰れる距離である。一方で、オーストラリアとなると、14時間かかる。青島のプロジェクトは、果たしてそこまで考慮していただろうか。

カナダやイギリスに勝つのは無理。だが「日本で撮るべき映画」を逃すべきではない

 その意味では、日本もとてもかなわないと言える。そもそも、イギリスとカナダにあるパインウッドスタジオのような大規模な撮影スタジオもないので、CGを多用したファンタジー映画や、巨大な水槽を必要とするアクション映画を誘致することは、もともと不可能だ。

 しかし、日本を舞台にした映画やテレビの企画が出た時に、それをほかに奪われないようにすることは、可能なはずである。日本が目指すべきは、日本を出してこようかなと思うプロデューサーやディレクターがいた時に、「でも日本は難しいから」「お金がかかるから」と思わせないことだ。今回のタスクフォースの提言書にもあったが、そのためには、L.A.における非営利団体Film L.A.のような、そこに行けば一箇所で全部の手続きが終わるような窓口を作ることが重要である。

 実際の風景が映画に出てくることから生まれる経済効果は、ばかにできない。「ラ・ラ・ランド」の影響で、L.A.でも、ロケ地めぐりをする海外からの旅行者がぐんと増えた。あの小さなドキュメンタリー映画のおかげで、すきやばし次郎がハリウッドセレブスポットになったことも、思い出してほしい。こんな“ヒット店”や“ヒットスポット”は、まだいくらでも誕生し得るのだ。このL.A.総領事公邸でのイベントが、単なる見せかけの行事にならないことを、筆者は心から願っている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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