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アイルランド人リーアム・ニーソンは、ウォーターゲート事件の映画にどう挑んだのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:Splash/アフロ)

 トランプ政権の「ロシア疑惑」がマスコミを騒がせる中、ウォーターゲート事件を扱う「ザ・シークレットマン」が、今週末、日本公開される。絶妙なタイミングは、あくまで偶然。ピーター・ランデズマン監督がこの映画の企画を進め始めたのは10年以上前で、当初はトム・ハンクスが主演するはずだったのだ。だが、2008年の脚本家組合ストで、撮影は延期に。その後も、大人向けのシリアス映画は儲からないと敬遠される風潮になったりしたことから、実現は難航する。再び軌道に乗ったのは、ランデズマンの「コンカッション」をプロデュースしたリドリー・スコットが脚本を気に入り、今作の製作も手がけると決めたおかげだった。

 そして主役に決まったのが、リーアム・ニーソンだ。彼が演じるのは、元FBI副長官のマーク・フェルト。ウォーターゲート事件における重要な情報をリークした"ディープ・スロート"張本人である。フェルトの長年の上司J・エドガー・フーバーは、これまでにも映画やテレビ、舞台劇に何度も登場してきたが、フェルトに焦点が当てられるのは、珍しいこと。さらに、今作は、フェルトが私生活で抱えていた問題にも触れる。

 ウォーターゲート事件が起こった時、ニーソンは20歳だった。しかし、紛争のまっただなかのアイルランドに住んでいた当時は、他国の政治に注意を払う余裕がなかったという。映画のためのリサーチがきっかけで、この問題についての興味と知識はずいぶん深まったようだ。

2017 Felt Film Holdings, LLC
2017 Felt Film Holdings, LLC

ウォーターゲート事件やマーク・フェルトについては、よく知っていましたか?

 いや、あまり知らなかったよ。僕はアイルランドで育ったのでね。当時、アイルランド国内では大きな問題が起こっていた。ウォーターゲートは、僕の人生において非常に優先順位の低い事柄だったんだ。

 この役はピーター(・ランデズマン監督)がオファーしてくれたんだが、彼のことも僕はほとんど知らなかった。だけど、彼が監督した「コンカッション」を見て、すばらしい監督だと思ったんだ。僕はアメフトにまったく興味がない。アメフトを見るなら壁のペンキ塗りをしたほうがいいと思うくらいにね。なのに、あの映画には強く惹きつけられた。ジャーナリストとしてのバックグラウンドが上手に活かされた、彼ならではのアプローチだったからだろう。それで僕は、ウォーターゲート事件について、そして彼が映画でそれをどう語ろうとしているのかを聞いてみたのさ。

 ウォーターゲートは、民主主義のコンセプトを揺れ動かし、報道の自由の重要さをあらためて認識させた出来事。でも、その話をした時、トランプが大統領に選ばれるとも、アメリカがこんな状況になるとも、僕らは想像すらしていなかった。

フェルトを演じるにあたっては、相当なリサーチをされたのでしょうか?

 できるかぎりのリサーチをしたよ。今もまだ彼について新しいことを学び続けている。この間も、CNNでウォーターゲートについてのすごく良い番組が放映されていた。YouTubeでも、興味深いものを見つけたよ。新しい何かを知るたびに、僕はますます問題の奥深さに驚かされる。映画のセリフにも出てくるように、CIA、FBI、そしてホワイトハウスは、それぞれに完全に分かれているんだが、それについても、僕はそれまでほとんど意識していなかったよ。

2017 Felt Film Holdings, LLC
2017 Felt Film Holdings, LLC

 リサーチはたっぷりしても、いざ現場に入ったら、やることはごくシンプルだ。ジェームズ・キャグニーは、演技のアドバイスとして、「部屋に入ったら、立つべく場所に立って、真実を述べる、それだけ」と言った。僕も、それをやる。観客が、僕はセリフを読んでいるのではなく、真実を語っているのだと思ってくれるよう、努力するのさ。

 ずいぶん前の話になるが、ウディ・アレンと仕事をした時にも、重要なことを学ばせてもらったんだよね。「夫たち、妻たち」の撮影で、彼は、「セリフが言いづらいと思ったら、変えていいから」と言ったんだ。脚本家、それも彼みたいに優れたライターがそんなことを言うなんて、衝撃だった。もしかしたら、アイルランド人の僕にはニューヨークっぽい言い方がやりづらいかもと思って、そう言ってくれたのかもしれない。とにかく、その経験からも、僕は自然に、リアルに聞こえることの大切さを学んだんだ。

「96時間」がスマッシュヒットして以来、アクション映画の主演が続いていますね。

 自分で計画したわけじゃないんだけど、そうなったね(笑)。おかげさまで、楽しませてもらっているよ。もう65歳なのに、悪い奴をなぐったり、蹴ったりする役をもらえるなんて、自分でも驚きだ。だけど、その一方で、今作や「沈黙-サイレンス-」みたいな映画にも、大きなやりがいを感じる。

アクションスターになってから、ファン層が広がったのでは?スーパーに行って、ファンから声をかけられたりしますか?

 僕はスーパーには行かない。それは人に頼んでやってもらうよ。だけど、道で「96時間」のファンに声をかけられることはあるね。それは嬉しいこと。一緒に写真を撮ってくださいと言われたら、サービスで、その人をやっつけているようなポーズも取ってあげるよ(笑)。相手が女性だったらさすがにやめておくけどね(笑)。

2017 Felt Film Holdings, LLC
2017 Felt Film Holdings, LLC

「ザ・シークレットマン」は24日(土)より全国公開。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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