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ハーベイ・ワインスタイン、自分の会社をクビにされる。最後の悪あがきもかなわず

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
オスカーといえばハーベイ・ワインスタインだった。しかし次は不在になるか?(写真:ロイター/アフロ)

 権力者から失業者までの道は、たった3日だった。インディーズ映画というジャンルを確立し、ハリウッドで最もパワフルな人物のひとりとなったハーベイ・ワインスタインが、アメリカ時間8日(日)、自分の会社ザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)をクビになったのである。

 長年にわたるワインスタインのセクハラ行動を暴露する記事が「New York Times」に掲載されたのは、5日(木)のこと(ハーベイ・ワインスタインは、またもや自分の会社から追い出されるのか?)。被害者はTWCの若い女性スタッフや女優で、お金での解決に応じた女性も、最低8人いるとされる。この報道を受けて、ほかの女性たちも名乗り出た。イギリス人ジャーナリストは、取材に訪れたロンドンのホテルの部屋で、ワインスタインに「一緒にお風呂に入ろう」と言われたと告白。フォックス・ニュース・チャンネルのレポーターは、レストランのキッチンに誘い込まれ、目の前でマスターベーションをされたと打ち明けている。

 報道が出てまもなく、ワインスタインは自主的に休職を宣言していたが、セクハラ問題が深刻に受け止められる今日、それですませられるわけがないと、誰もが思っていた。昨年は、やはりセクハラで訴えられたフォックス・ニュースのCEOでテレビ界の大物ロジャー・エイルズが辞職に追い込まれている(エイルズは、それから10ヶ月後に亡くなっている)。そのすぐ後には、同じくフォックス・ニュースの番組に出演していたビル・オライリーがセクハラで訴えられ、番組から追い出された。ワインスタインが言う「態度を改めます」を真に受けていたら、自分のイメージダウンを危惧して出資者や俳優が逃げていくだけである。

 ことの重大さを理解した役員4人が辞職する中、残った役員と弟で共同創設者のボブは、ワインスタインに辞職を迫った。しかし彼が拒否したため、解雇という手段が取られたわけだ。

 解雇を言い渡される直前に、ワインスタインが、ハリウッドの有力者たちに、個人のメールアカウントから、助けを求めるメールを送っていたこともわかっている。MSNBCが入手したそのメールで、ワインスタインは、「役員たちが、私をクビにしようとしています。私は、どこかの施設にでも入って、まじめにセラピーを受けると言っているのに。どうか私に2度目のチャンスをください。ご存知と思いますが、言われていることの多くは嘘です。ほかの人たちみたいにセラピーやカウンセリングを受ければ、私も良くなります。あなたからの手紙を、私の個人のgmailのアカウントに送っていただけませんでしょうか? 手紙は役員の目にしか触れません。役員がやろうとしていることは、間違っていますし、違法の可能性もあります。会社を破滅させることになるかもしれません。 私をクビにせず、更生のために時間をくれるようにと書いた手紙をいただければ、とてもありがたいです。私は、あなたの支援を、死ぬほど必要としています。セラピーの時間をください。クビにさせないでください。私は業界のサポートを必要としています。恐縮ですが、本日中にいただけますか」と嘆願している。

スキャンダルを受けて社名変更。彼のクレジットも削除

 この手紙をもらって彼のために手紙を書いた人が果たしてひとりでもいたのかどうかは、わからない。いずれにしても、結果は、ワインスタインの思ったようにはならなかった。つい最近まで、強引なオスカーキャンペーンで狙った賞やノミネーションをものにしていた人にしては、なんという違いだろうか。

 皮肉なことは、ほかにも起きている。かつて、彼の名前は映画において品質保証マーク的存在だったのに、このスキャンダルを受け、社名変更が検討されているのだ。また、TWCが製作するテレビ番組のクレジットから、今後、彼の名前が削除されることも決まった。ハリウッドで最もパワーを持つ人間は、文字通り一夜にして、村八分状態になってしまったのである。

 ワインスタインをクビにしても問題が完全に解決したわけではなく、9日(月)には、アップルが、TWCと共同で製作する予定だったエルビス・プレスリーのテレビシリーズから降板している。TWCの書籍部門から3冊の本を出版することになっていた「Morning Joe」のキャスター、ミカ・ブレジンスキーも、企画は今も保留状態と宣言した。ワインスタインが休職を発表した時は、「ハーベイが辞めるまで、この企画はおあずけ」と言っていたのだが、9日(月)、彼女は自分の番組内で、「この会社がセクハラを容認しないと確認できてからでないと。企画を進めるのは、会社のトップの人たちと、この件について話し合ってからです。これ(ワインスタインの解雇)は、最初のステップ。次のステップは、社風についてしっかり話し合うことです」と述べている。

ワインスタインのいないオスカー

 ワインスタインは、オスカーの受賞スピーチで最も頻繁に感謝された人としても有名。名前が出ると、会場にいる彼にカメラが向けられることも多く、オスカーはまさに彼の晴れ舞台だったのだ。今年のオスカーでは「LION/ライオン〜25年目のただいま」が6部門で候補入りしている。

 TWCの作品で、来年のオスカー狙いとされているのは、ジェレミー・レナー、エリザベス・オルセン主演の「Wind River」と、ベネディクト・カンバーバッチ、トム・ホランド、ニコラス・ホルトらが出演する「The Current War」。「Wind River」は北米で劇場公開中、「The Current War」は先月のトロント映画祭で上映されており、どちらのエンドロールにも、ワインスタインの名前は入っている。

 現代のオスカーキャンペーンの発明者と言ってもいいワインスタインがいない中、これらの作品が実際にアワードシーズンでどこまで健闘するかは不明だ。それよりも、オスカー授賞式やパーティの写真に、おそらく彼が全然出てこないのかと思うと、かなり奇妙である。

 だが、ワインスタインがいなくても、オスカーは続く。良い作品は出てくるし、誰かがオスカーを取る。本人はそんなことを考えたことがなかっただろうし、今も認めたくないかもしれないが、それが現実なのだ。このスキャンダルは、ある意味、ハリウッドのひとつの時代を終わらせたとも言えるのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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