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「デッドプール2」の現場でスタントドライバーが死亡。最近も相次ぐ撮影中の事故

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
先日はトム・クルーズも「ミッション:インポッシブル」の現場でケガをした(写真:Splash/アフロ)

  また不幸な事件が起きてしまった。西海岸時間14日(月)、バンクーバーの「デッドプール」2作目の撮影現場で事故が起き、スタントドライバーが亡くなったのである。バンクーバー警察は犠牲者の名前を明かしていないが、女性のドライバーで、バイクに乗るアクションをやっていたようだ。キャラクターがヘルメットしていないという設定のため、彼女もヘルメットをかぶっていなかった。

 ハリウッドの撮影現場でスタントマンが亡くなるのは、この1ヶ月ほどで2回目。先月12日には、「ウォーキング・デッド」のアトランタの撮影現場で、ベテランのスタントマンが高いところから落ちる事故が起こっている。彼は「LOGAN/ローガン」「ワイルド・スピード ICE BREAK」などでも仕事をしたベテランで、事故は、最後にバルコニーから落ちるという流れのファイトシーンのリハーサル中に起こった。数センチずれていれば安全クッションがあったのだが、彼が落ちたのはコンクリートの地面で、病院に運ばれてまもなく、亡くなっている。

 そして昨日は、トム・クルーズが、ロンドンの「ミッション:インポッシブル」6作目の撮影現場でスタントの途中にケガしたとの報道が出た。ジャンプをするシーンで失敗し、ビルの壁にぶつかったとのことだが、詳細も、ケガの程度もわかっていない。2年前には、やはりクルーズが主演する「バリー・シール/アメリカをはめた男」で、スタントパイロット二人が亡くなるという事故が起きている。これに関しては、遺族、プロデューサー、保険会社を巻き込んだ法的な争いが現在も続いている。

 近年は、ほかに、「バイオハザード:ザ・ファイナル」と「エクスペンダブルズ2」の現場でも、大きな事故が起きた。「バイオハザード〜」ではふたつの事故があり、そのひとつではクルーが死亡、もうひとつでは女性のスタントドライバーが大ケガをしている。「エクスペンダブルズ2」では、爆発のシーンでスタントマンひとりが死亡、もうひとりが負傷した。

俳優には、「それはやらない」と言う選択肢もある

 ハリウッド映画が、誰も見たことのないアクションで観客をあっと言わせてやろうと競い続ける中、スタントはますます洗練され、かつ複雑になっていっている。その分、スタントマンの役割も大きくなってきた。ひと昔ならば、スターはインタビューで得意げに「スタントは全部自分でこなすさ」と言ったものだが、 それが現実的でないことを関係者ならば知っている今は、「スタントはできるかぎり自分でこなす」と、トーンダウンしている。故ポール・ウォーカーも、「ワイルド・スピードMAX」で久々にシリーズに復帰した時、「保険の関係で、もう1作目の時ほど全部はやらせてもらえなくなった」と語っていた。

 俳優が撮影中にケガをしてしまえば、撮影そのものに影響が出るため、保険会社がある程度の制限をかけるのは納得だ。しかし、自分の役のことはできるかぎり自分でやりたいと思うスターは多いし、そのほうが映画にリアル感も出る。そのためにたっぷり特訓を積んでも、思いもかけないことは、起こり得る。

 ジョージ・クルーニーは「シリアナ」の撮影中に背骨を損傷し、手術を受けたが、その後も後遺症に悩まされ、「自殺を考えたこともある」と明かしている。シャーリーズ・セロンは「イーオン・フラックス」でバックフリップのスタントをこなしている時に首を大ケガし、撮影はしばらく中断された。最近もセロンはアクション映画に積極的に出てはいるが、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」のためのインタビューで、「20代の時は、なんでも『自分でやります!』と言った。そしてケガをした。そこから学んだの。今は『それはやりません』と、よく言うわ。ほかのやり方があるはずなんだから。今の私は、母でもある。子供のためにちゃんと夜、家に帰りたい。スタントマンに『弱虫だなあ』と思われていると感じても、気にしないわ 」と語っている。

 昨年3月には、「メイズ・ランナー」3作目の撮影現場で、ディラン・オブライエンが電車の後部のセットから転倒、重傷を負った。回復してまもなく、またもや「American Assassin」でアクションに挑んだのだが、「事故のせいで、僕の仕事のやり方は大きく変わった。今では、そのシーンで起こることを細かいところまで事前に徹底して質問し、完全に安全だと確認してからやる」と語っている。

現場ではみんなが疲れていた

 しかし、スタントマンに、「それはやりません」と言う選択肢はない。その道のプロである彼らは、そう言いたくもないだろう。

「ジョン・ウィック:チャプター2」のプロデューサー、ベイジル・イヴァニクは、「僕はスタントマンたちを本当に尊敬する。お金もそんなに良くなくて、すごいスタントをやってみせたら俳優がやったものと思われ、自分の名前はエンドロールに小さい字でその他数百人と一緒に並ぶだけ。オスカーを取れることもない。だが、彼らは、自分たちの間の仲間意識が好きで、リスクが好き。アドレナリンが好き。だからやるんだ」と言っている。しかし、いくら本人たちが好きで選んだ職業だとは言っても、彼らのために完璧に安全な状況を整えるのが、製作側の責任だ。

 今、出ている情報によると、「デッドプール2」で亡くなった女性は、バイクの経験は豊かだが、映画の現場でスタントを行うのは、初めてだったそうである。週末と月曜日は丸1日リハーサルを行い、撮影当日も、最低5回は同じことをやったとのことだ。Deadline.comは、撮影が16時間に及ぶ日もあり、みんなが疲れていたとも報道している(http://deadline.com/2017/08/deadpool-2-stunt-driver-killed-on-set-vancouver-1202148277/)。「デッドプール」1作目は、スーパーヒーロー映画にしては非常に低予算で、毎日の撮影が大変だったと、主演とプロデューサーを兼任するライアン・レイノルズは語っていた。1作目が大ヒットしたおかげで、この続編は、少し予算が増えたかもしれないが、その分、期待も上がり、決して楽にはなっていないはずだ。中には1作目を乗り切った経験を持つ人たちもいるだろうが、ほかの人たちも乗り切れるとはかぎらない。

 レイノルズは、「ショックで、非常に悲しく感じています。ですが、彼女のご家族や親しい方々の今のお気持ちとは、比較にならないでしょう。ご心中をお察しいたします」というメッセージを、ツイッターに投稿した。亡くなられた女性のご冥福をお祈りする。

 

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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