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「パワーレンジャー」の次は「スパイダーマン」。ハリウッド超大作でアジア人俳優が活躍

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「スパイダーマン」最新作で最も光るのはアジア系のジェイコブ・バタロン(中央)(写真:Shutterstock/アフロ)

“白すぎるオスカー”批判にアカデミーのお偉いさん方が頭を抱える中、若者相手の映画では、人種の多様化が進み始めている。黒人よりもさらに軽視されがちなアジア人が大作映画で重要な役に選ばれることも、起こりえるようになったのだ。

現在日本公開中の「パワーレンジャー」で、レンジャー5人の人種構成は、白人がふたり、黒人、ヒスパニック、アジア人がそれぞれひとり。これはかなり画期的だが、最新の「スパイダーマン」は、さらに上を行っている。

先週末北米公開され、予想を上回る1億1,700万ドルのデビューを果たした「スパイダーマン ホームカミング」では、主人公ピーター・パーカー(トム・ホランド)が唯一の白人という状況が、何度も出てくる。ピーターが通うのは、人種のるつぼであるクイーンズにある公立高校。彼が所属するのは、他校と学力を競い合うために集められた頭の良い男女のグループで、ピーターの親友ネッドはアジア系、ピーターをいじめるのはヒスパニック系の男子生徒だ。このネッドこそ、今作をこれまでの「スパイダーマン」とまったく違うものにしてみせた最大の武器なのである。

ちょっと太めでおしゃべり、おせっかいでテクノロジーに長けた、この愛すべきキャラクターは、映画に温かいユーモアをもたらしてくれる。

バタロン(左)とピーター・パーカー役のトム・ホランド
バタロン(左)とピーター・パーカー役のトム・ホランド

彼を演じるのは、これまで低予算映画1本にしか出たことがなかったハワイ生まれのジェイコブ・バタロン。ヒロインも、違っている。過去の「スパイダーマン」では、すでに知名度のあった白人女優キルステン・ダンストとエマ・ストーンが選ばれたが、今作でピーターが思いを寄せるリズを演じるローラ・ハリアーは、黒人の父と白人の母をもつ無名新人女優だ。今作で大ブレイクを果たしたこのふたりは、今後、ますますハリウッドで活躍していくだろう。

「パワーレンジャー」のディーン・イズラライト監督は、多様性をもちこむことを最初から最大重視したと、筆者とのインタビューで語っている。「〜ホームカミング」のジョン・ワッツ監督はニューヨーク大学の出身で、この映画で本当のニューヨークを描きたいと思い、 ピーターが住む世界をビジュアルでソニーとマーベルにプレゼンしたのだと、「L.A. TIMES」で明かした。

そしてそれは、実際に、ミレニアル世代の共感を呼んだのだ。いくらスーパーヒーローの世界であっても、そこにできるかぎりのリアリティを持ち込むことは、成功のために欠かせない。アカデミーが批判を逃れるために必死でマイノリティや女性会員を増やすのと違い、これらのフィルムメーカーたちは、よりターゲット層にアピールするため、またより良い映画にするために、こういった決断を下したのだ。

ピーターが思いを寄せるリズ
ピーターが思いを寄せるリズ

さらに、「スター・ウォーズ」がある。「フォースの覚醒」ではそれまで無名だった黒人俳優ジョン・ボイエガ、「ローグ・ワン」ではドニー・イェンとチアン・ウェンを起用したが、年末公開の「最後のジェダイ」には、新しいキャラクターとして、カリフォルニア生まれのアジア人女優ケリー・マリー・トランが登場する(「スター・ウォーズ」、最新作でアジア系女優を起用)。最も幅広い層に愛されるこのシリーズは、出ている人たちの幅も広がっていっているのである。

南カリフォルニア大学の研究結果によると、2014年に公開された映画、あるいは放映されたテレビで、セリフのある役でアジア人が出ているものは、全体のたった5.1%だった。ハリウッドのお膝元であるL.A.において、アジア系の人口は黒人より多いのだが、長い間、映画やテレビにおいて、アジア人は、存在しないか、ステレオタイプで描かれてきている。少しずつだが、今ようやく、それは変わってきているのかもしれない。それも、「政治的に正しいから」ではなく、資本主義的な目的にかなっているからという理由でだ。

アジア系が主演をになう日は来るか

それでも、ピーター・パーカーとレッドレンジャーが白人男性だというのも、現実のひとつである。多様性を褒められる作品でも、アジア系はまだ助演なのだ。それに関して、もうひとつ最近気になった話題がある。テレビドラマ「HAWAII FIVE-O」 のダニエル・デイ・キムとグレイス・パークが、第8シーズンの撮影開始を目の前にして、突然降板した件だ。

当初、理由は、白人俳優とのギャラの格差だと言われた。キムとパークが今シーズンのギャラとしてオファーされた金額は、 アレックス・オローリンとスコット・カーンに比べ、10%から15%ほど低かったらしいのである。

「パワーレンジャー」でブラックレンジャーを演じるルディ・リン
「パワーレンジャー」でブラックレンジャーを演じるルディ・リン

キムが自らのFacebookページで「平等への道は遠い」と書いたことで、ソーシャルメディアでは、人種差別だとの批判コメントが飛び交った。それを受けて、エクゼクティブ・プロデューサーのピーター・レンコフが、「前例がないほどのギャラのアップを提示されたのに、このふたりは番組を去ることを選んだのです」とツイートすると、これまた「アジア人としては前例がない、だろう?」といった声が出ている。しかし、業界内には、これは人種というより主演か助演かの違い、あるいは単にアメリカのテレビ業界特有のギャラ交渉を反映するものではとの冷静な指摘もある。

複数が主要キャストを務める番組で、人気度などを加味し、ギャラに格差が出るのは、ハリウッドのテレビ界で普通にあることだ。「フレンズ」では、6人のキャストが結託し、「全員同じギャラであること」を絶対の条件にして毎シーズン交渉を行ったが、そうでなければ確実に、途中から金額は違っていたはずである。

「NYPDブルー」第1シーズンで大ブレイクしたデビッド・カルーソは、第2シーズンでギャラの大幅アップを要求し、かなわずして降板した。だが、後に、これは、成功に浮かれ、テレビは卒業して映画スターになりたいと思ったカルーソが、番組を追い出してもらうために策略的にやったことだったとわかっている (彼の映画のキャリアはまったく鳴かず飛ばずである)。「HAWAII FIVE-O」のパークはバンクーバー在住で、7シーズンも家族と離れた場所でロケをしてきたことに疲れ、次のシーズンでは自分が出る回を大きく減らしてほしいと要求していたらしい。自分はあまり出ないのに、毎回出るオローリンやカーンと同じギャラをもらえることはありえないと、本人もわかっていたはずだ。また、キムは、プロデューサーを務める新ドラマ「The Good Doctor」が、この秋からライバル局ABCで放映されることになったところだった。

「The Good Doctor」は韓国ドラマのハリウッドリメイクで、キムにとってはおそらく思い入れのあるプロジェクトだろう。ヒットすれば、プロデューサーである彼にはたっぷりお金が入る。俳優としておいしい役でゲスト出演もできるだろうし、「LOST」「HAWAII FIVE-O」で知名度ができている彼のこと、ほかにも、自分が主役になるようなドラマを立ち上げることを考えているかもしれない。韓国系男性が主役で、白人は脇役。そんな番組が放映され、高視聴率を集めるようになる時は、いつ来るだろうか。その時が訪れてこそ、ハリウッドは本当に変わったといえるのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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