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ロシアの凍結資産・約50兆円を没収する時が来るのか。ドイツで没収手続きが始まった:4つの選択肢

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

まだ小さいが、筆者が大きなショックを受けたニュースが飛び込んできた。

制裁のためにドイツ国内で凍結されているロシアのユーロ、7億2000万ユーロ(約1132億円)以上。

これを、ドイツ政府が没収しようとしているというニュースである。

ドイツの週刊誌『シュピーゲル』によれば、問題の資金はモスクワ証券取引所のもので、JPモルガン・チェースのドイツ子会社に預けられているという。

ドイツ検察は12月20日(水)、フランクフルトの裁判所で「独自の没収手続き」を開始したと発表したのだ。

ロシアの証券取引所が資金を回収しようとしたため、この措置が取られたという。制裁のために、この行為は禁止されているのである。検察は、この要請は7月に提出されたと付け加えた。

これまでドイツは、制裁を受けた個人や企業の資金を凍結することで満足していた。しかし、今回の検察の要請が成功すれば、資金はドイツ連邦予算に支払われることになる。『ル・モンド』が報じた。

未知の領域

この話を聞いて、制裁によって凍結された、外国にあるロシアの資産を、没収できるのか否か、没収してウクライナ支援に使うことはできるのか否か、という熱い議論を思い出した。

あれは戦争が始まってまだ間もない頃、2022年3月にスウィフトの停止を実行した後の頃には、とりわけ盛んで報道もされていた。

アメリカ政府と欧州連合(EU)は、ロシアの凍結資産を、ウクライナでの抵抗運動や再建の資金調達に利用することに賛成していた。しかし、それは法的に障害があり、何年もかかる可能性のあるコースに乗り出すことを意味していた。

「ある意味、未知の領域」と、シンクタンク・欧州改革センター(CER)のイアン・ボンド外交政策ディレクターは『ユーロニュース』に述べていた

そのため、凍結された外国のロシア資産は、今でも凍結されたままである。筆者の知る範囲では、これを没収したというニュースも、凍結が解除されたというニュースも、今まで聞いたことがない。今までちょろちょろと記事が出たが、大きな動きはなかった。

だからこそ、このフランクフルト裁判所のニュースにびっくり仰天したのだ。

凍結資産は50兆円?

果たして凍結されたロシア資産は、いくらあるのか。

凍結額を評価するのは大変難しいが、推定によると、ロシア中央銀行の外貨準備だけを見ても、3000億ドル(約43兆円)が世界中で凍結されているという。

その他にも、ロシアの他の国家機関、当局者、国有企業、公共資産に加え、侵略を支援したとされる民間企業や、オリガルヒなどの個人の資産もある。

明確な額は不明だが、仏経済紙『レゼコー』によれば、数百億ユーロ(数兆円)相当になるという。両方足すと、50兆円くらいということになる。

エレナ・ダリー弁護士(ニューヨーク州)によると、凍結された3000億ドル(約43兆円)とされるロシア中央銀行の外貨準備のほとんどは、主にフランス、ドイツ、英国などのヨーロッパに保有されている。米国で保有されている資金はわずか8.5%だという。

彼女はソブリン債管理および関連金融取引を専門としており、パリを拠点に活躍し、独立系コンサルティング会社EM Conseilのマネージング・パートナーである。

ロシア凍結資産をめぐる4つの選択肢

今日議論されている問題は、これらの資産を凍結しておくことが戦術的に望ましいのか、それともウクライナの戦争被害の修復を助けるために没収することのほうが望ましいのかということだという。

ダリー弁護士のまとめによると、選択肢としては4つある。

1,資産を凍結したままにする。

これは米国が選択しているものだ。法的問題は単純化される。そして、プーチン大統領は、資産を取り戻す見込みがあることで、戦争を早く終わらせるかもしれない。

ただこの見込みは、本当にプーチン氏の決定にわずかでも影響を与えるのだろうか。確認できているものは、今は何もない。

2,「金(カネ)になる乳牛」アプローチ

これは欧州で大きな支持を得ているとみられる選択肢である。

凍結されたロシア資産はエスクロー口座の形で保管される(信頼の置ける「中立的な第三者」が契約当事者の間に入り、代金決済等取引の安全性を確保すること)。

その運用益は徐々にウクライナ再建費用に使われて、その分減ることになる。

資産自体は没収されず、ウクライナの再建が完了した時点でロシアに返還されるため、法的問題を回避できると指摘されている。使われるのは、あくまで運用益である。

ただ、ウクライナ再建の費用を賄うのに十分な投資収入を生み出すまでに、数十年かかりそうなのが問題だ。そしてその間、ロシア連邦と中央銀行は凍結資産の所有権を保持し、外交的、法的、政治的を問わず、あらゆる手段を使って、乳が出る前に乳牛を取り戻そうとするだろう。

3,「ジャイロ・サンドイッチ」アプローチ

(串焼きにした子羊肉をスライスして、タマネギとトマトと共にピタパンに挟んだサンドイッチのこと。ギリシャ風)

このアプローチでは、凍結された資産はそのまま維持され、その一部は、侵略の結果被害を受けた民間原告に有利な判決や仲裁裁定を執行するために使用されることになる。

しかしこれは、民間の原告を助けることはできるかもしれないが、ウクライナの復興に直接資金を提供する解決策にはならない。

ウクライナ政府自身がロシアに対して、被った損害を補償する判決や仲裁裁定を得ることができない限り、ウクライナの経済再建には役立たないだろう。それがどのような場で可能かは明らかではない。

この話は、わかりにくいかもしれない。少々解説してみたい。

とにかく一番ネックになるのは、法的問題をクリアすることである。民主主義の資本主義国家は、法治国家である。法を無視して、何でも思うがままに行う独裁国家ではない。といって、ぴったり当てはまる法律は存在しない。なにせ「未知の領域」なのだから。

既存の法律を丹念に精査して新たな解釈を加えて発展させたり、新たな決まりやルール、法律をつくったりする必要があるが、その結果には説得力があり、多数の人々の支持と納得が得られなければ、成立しない。

(多数の支持を得られなくても、信じる大義や正義のために実行するという方法もあるが、リスクは大変高くなる)。

果たして、預けた資産の没収は、世界の広範な支持や納得が得られるのだろうか。

明確な法律がない状態で、凍結された資産をめぐって、あらゆる方面から様々な訴えや反応が起きることが想定される。

筆者の理解が正しければ、その中では、法的には比較的実現が可能、つまり多くの人々の支持が得られやすいのではないかと考えられているのが、民間の賠償なのだと思う。

つまり、資産の没収や他の行為は正当化できなくても、被害を受けたウクライナ人のために、最低限これくらいは認められて正当化できるのではないかと考える専門家が出した案だと思う。

ロシアによって受けた被害をロシアのお金で補償しろと言うのでも、ウクライナ国家が訴えるのと、ウクライナ人個人や民間が行うのでは、異なってくる。

折しも、ドイツでの没収手続きのニュースが飛び込んできた直後に、第二次世界大戦中の元徴用工問題について、韓国最高裁(大法院)が日本製鉄と三菱重工業に賠償を命じる判決を確定させた。これも、民間が民間を訴えた裁判である。

(日本国はすでに1965年に日韓請求権協定を結んでいるのが、ウクライナの件とは異なる点だ。ちなみに筆者は、韓国政府が原告に支払うという意見に賛成である)。

イアン・ボンド外交政策ディレクターによれば、被害者であるウクライナ国家、あるいはウクライナ人が、国際刑事裁判所で、国家が犯すことのできる最もひどい過ちが、あなた(達)になされたという判決が下ったとする(つまりウクライナ側は被害者であると、国際的なお墨付きがくだる)。

そうすれば、被害者は、他の(民事)裁判所や法廷を頼り「この判決を執行したい(民事なので賠償金を請求したい、となる)」というのは、(他の可能性よりは)少し簡単なのだ、と語っている。

4,没収(差し押さえ)

資金を完全に没収し、ウクライナ再建専用の監視付きの国連またはIMFの口座に送金する。したがってこの資金から、制度部門の関係者が将来復興のために投入しなければならない金額が差し引かれることになる。

ダリー氏は、これが最も良い方法だという。

まず、道徳的に正しい資金の使い方である。罪のない人々に損害を与えた者には賠償責任があるというのは、普遍的な法原則だからだ。

次に、潜在的な侵略者に対する警告となる前例があっても、問題はないだろうう。国連憲章や国際法のあらゆる規範に違反する近隣諸国へのいわれのない侵略は、海外に置かれた資産を失う危険にさらすことを意味する。

没収が、他国の外貨準備や金融資産の外国保有を妨げる危険な前例になるという証拠はない(この点ダリー氏は、かなりオプティミストに見える)。

さらに、凍結資産を保有する国の法律は、この凍結に期限を設けていない。つまり、実際には、無期限、あるいは永久の凍結と没収の間にはほとんど違いはない。

そしてダリー氏が力説するのは、和平交渉が始まるまで、これらの資金をそのまま、つまりロシア連邦とその中央銀行の名義で維持するのは賢明ではないということだ。そうなればロシアは、3000億ドルの資産を直ちに返還するよう要求するに違いないからだ。

もし没収の選択肢を保持したままにするとしても、最終和解の一環として譲歩する前に、この歩兵駒をチェス盤から削除するよう直ちに実行する必要があると述べている。

EUで何が起きていたのか

そのような議論の中、ドイツ検察が昨日20日(水)、フランクフルトの裁判所で「独自の没収手続き」を開始したと発表した。

何かがドイツ、あるいはEUで、法的に変わろうとしているのではないだろうか。

ダリー弁護士は、没収の選択肢を進めるにあたって「凍結資産を保有する国々は、和平交渉の開始を待たずに、この没収を可能にするのに必要な国内法を採択すべきである」と述べていた。

昨年、戦争が始まって数ヶ月の段階で、ミシェルEU大統領は、「資産を凍結するだけでなく、没収を可能にすること、ウクライナが利用できるようにすることが非常に重要であると確信している」と述べていた。同氏は欧州理事会の法務機関に対し、この問題を調査するよう指示したと述べた。

バイデン大統領も、制裁対象者の資産を没収・売却する法案の制定を加速するよう議会に求めていたのだが、アメリカの憲法違反であるという声が相次いだ。伝統ある巨大NGO「アメリカ自由人権協会」も、この措置は「憲法違反」であると警告していた。

先程入ってきた「ラ・トリビューン」に掲載された最新のAFPの情報によると、12月初めに欧州委員会は、凍結されたロシアの資産から生み出される収入を使用するための二段階の計画を、EU27カ国に提案したという。

第一段階は、ユーロクリアの運用益についてである。

これは「2,「金(カネ)になる乳牛」アプローチ」である。

ユーロクリアとは、EUにおけるロシア資産の約90%が集中しているベルギーに本拠を置く、国際的な資金預託機関である。

『ユーラクティヴ』によれば、EU内で拘束されている2000億ユーロの資産のうち、約1800億ユーロはユーロクリアが保有している。同社のデータによると、ウクライナ戦争が始まって以来、これらの資産は約30億ユーロを生み出しているという

欧州委員会は、加盟国を二分する問題について慎重を期しており、まずは、主にユーロクリアが管理するこの収入に関する規則を設けることを提案したのだった。

欧州当局者は、最終的にウクライナに返還される可能性のある金額については明言を避けたが、EUで凍結されたロシア資産の総額を考えると、年間数億ユーロに達する可能性がある。

もし欧州委員会のこの提案が27カ国の全会一致で採択された場合、ユーロクリアは、これらの資産から生じる収入を他の収入から分離する義務を負い、他者への譲渡も禁止される。

第二段階として、最終的にウクライナがこれらの資金から利益を得られるようにするため、欧州委員会はこれらの資金の差し押さえと使用に関する新たな提案を行う予定である。

これは「4,没収(差し押さえ)」に当たるのだろう。

しかし、報復には気をつけなければならない。いくつかの国々は、ロシアがこの収入の使途をめぐって報復する可能性があること、また、投資家を心配させ、金融不安の一種を生じさせるような前例を作る危険性について懸念を表明している。

現状では、多くのEU加盟国が「2,「金(カネ)になる乳牛」アプローチ」でさせも批判的だという。EUの中でも意見は異なっており、ポーランドやバルト3国などの東欧・中欧の加盟国は、凍結された資産の迅速な活用を迫っていて、ベルギー、エストニア、チェコは、すでに国レベルでその使途の検討を始めている。

一方、ロシア側も、凍結された資産を取り戻すためのアプローチを試みている。

プーチン大統領は11月初め、海外で凍結されたロシア資産とロシア国内で差し押さえられた外国資産との「交換」を認める法令に署名した。

参考記事(時事通信):G7、ロシア資産接収検討を加速 ウクライナ支援に活用(12月21日)

参考記事(フォーブス・ジャパン):米、ロシアとの取引銀行に新たな制裁 凍結資産の押収には至らず(12月24日)

ウクライナ支援金の守護神

いま、ウクライナの資金枯渇を心配する声が高まっている。

米議会が12月19日、ウクライナ支援に関する追加予算の年内承認を断念した。EUの支援金も、ハンガリーの反対のせいで、来年に持ち越しになった。

そんな中、日本政府は19日、総額45億ドル(約6500億円)の追加支援を行う用意があると明らかにしている。

しかし、お金はなぜか無くならない。

ユーロクリア。前述したように、ベルギーにある国際決済機関であり、証券集中保管機関と呼ばれるが、凍結ロシア資産の利子を、銀行から受け取っている(もちろん更に投資にまわしている)。

EUの首都ブリュッセルを擁するベルギーでは、今年4月の段階で、EU加盟内で最も多額の580億ユーロ(約9兆1400万円)ものロシア資産が凍結されていると報じられていた。

これらの資産から生じる収入や利子には、課税されている。さらに利益があがれば、法人税も高くなる。ロシア凍結資金のおかげで、ベルギーは6億2500万ユーロ(約982億円)の税収が得られたという

これらのお金は、ベルギーの財政赤字の補填に使われるのではなく、国内のウクライナ難民を支援するか、ウクライナへの軍事援助のための資金提供となるという、ベルギー政治に関するニュースだった。

このニュースは今年4月末のものだが、今から思うと、欧州委員会の動きの予兆だったのだ。

あれから8ヶ月、ロシア凍結資産は増えていき、最新のEUによる対ロシア制裁ではダイヤモンドが加わったので、一層増えているに違いない。今ではユーロクリアから17億ユーロがウクライナに支払われるべきだという

もしEUが団結できるのなら、なんとすごい知恵と決断か。その力に恐ろしさを感じるほどだ。

ユーロクリアのことを、「ロシア軍を阻止する自警団」、あるいは「ヴァルハラの守護者ヘイムダル」と呼ぶ人々がいるという。

ヴァルハラとは、北欧神話の神々の主神オーディンの宮殿。ヘイムダルは、地上から天上にかかる神々の橋を山の巨人から守る、見張り役の神のことである。

最後に一つだけ。筆者はウクライナの目下の最大の問題は、ウクライナ人兵士の枯渇だと思っている。お金を得られたとして、お金で兵士をそして人命を、どこまで「補填」できるだろうか。

※12月28日にアップデート致しました。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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