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亡命ロシアメディアを支援する計画と助成金をEUが発表

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
プラハ市民社会センターの公式ホームページ

ロシアとベラルーシから逃れ、欧州連合(EU)内で活動している複数の独立系メディアがある。

彼らは、ロシアやベラルーシ政府のプロパガンダではなく、真実を伝えようと努力し、本国で多くの視聴者を維持している。

そんな彼らを強化するプロジェクトが立ち上げられ、EUの助成金が出ることになった。

プラハ市民社会センターが主導して、EUと共に「自由メディアの拠点東方計画(Free Media Hub EAST Project)」が7月17日に立ち上げられた。そして翌18日、(今後2年間で)220万ユーロを超える援助金が与えられると、EU側が発表したのだ。

どんなことを行う予定なのだろう。

現在、ロシアやベラルーシの亡命メディアは、主にチェコ、ドイツ、ポーランド、ラトビア、リトアニアのどこかに拠点を置いていることが多い。彼らの拠点をつなぐ協力を強化する。

また、亡命者のビザや登録を支援し、心理的サポートやさらなる能力開発を提供するための約1000の枠も提供される。検閲回避などの技術的解決策にも投資が行われるという

これを推進し続けたのは、ヴェーラ・ヨウロヴァー氏、現在EUの欧州委員会副委員長の一人で、価値・透明性担当委員(大臣に相当)を務めている。

ヴェーラ・ヨウロヴァー副委員長
ヴェーラ・ヨウロヴァー副委員長写真:代表撮影/ロイター/アフロ

ヨウロヴァー副委員長は、以下のように述べた

「勇敢なロシアの独立系ジャーナリストの多くは、大きなリスクを背負って仕事を続けている。そしてEU内でそれを行う以外に選択肢はないのです」

「クレムリンの戦争のプロパガンダと戦うには、私達はロシアについての真実を伝える独立系メディアが必要です。そして私たちは彼らをサポートする必要があるのです」

「それは私たちの道徳的義務であり、戦略的利益でもあります。本日の新しいプロジェクトも、こうした努力の一環です。これは、表現の自由と民主主義のために努力する人々への支援において、優れた専門知識を持つ市民社会の組織を結集するものなのです」

彼女は現在58歳。ベルリンの壁が崩壊したとき、20代の半ばだった。

1989年11月10日、ベルリンのブランデンブルク門前のベルリンの壁の上で、また壁が閉じられてしまわないかと警戒を続ける西ベルリン市民
1989年11月10日、ベルリンのブランデンブルク門前のベルリンの壁の上で、また壁が閉じられてしまわないかと警戒を続ける西ベルリン市民写真:ロイター/アフロ

彼女は冷戦終了前に、チェコという東側で「ラジオ・フリー・ヨーロッパ」を聞いていたのだ。

これはアメリカ合衆国が資金提供するメディアで、第二次大戦中の日本人にとっての「アメリカの声(Voice of America)」のようなものである。

ラジオ・フリー・ヨーロッパは、ソ連の妨害電波を受けながらも、ソ連の衛星国(東欧・バルト3国)に西側の情報と反共産主義を流し続けた。これがヨウロヴァー氏の原体験となっているようだ。

ちなみに、冷戦中にはラジオ・フリー・ヨーロッパは西ドイツのミュンヘンに本拠地があったが、現在はチェコのプラハにある。

プラハ市民社会センターのロスティスラフ・ヴァルヴォダ事務局長は「このプロジェクトは、新しい機構を立ち上げるものではなく、むしろ既存のメディアに支援を提供し、EUですでに確立されている支援メカニズムを拡大して強化するためのものです」と語る。

ヨウロヴァー氏は、ユーテスラットという欧州の放送衛星の問題でも協力的だった。

この衛星は、最大の出資者はフランス政府なのだが、ロシアの複数のチャンネルとも契約している。

ロシアのテレビのプロパガンダ放送が、西側の放送衛星によって、ロシア国内の西側のみならず、ウクライナやバルト3国にも流されていた。

この放送を止めるため、そして自由で公正なメディアを衛星を使ってロシアに流すためにパリで生まれた「ディドロ委員会」という市民の運動にも、ヨウロヴァー氏はエールを送ったのだった(詳細は近々発表予定のインタビュー記事をご参照)。

欧州報道自由法とは

プロパガンダの阻止をめぐって、欧州では動きが大変活発である。

ロシアだけではない。ヨウロヴァー氏は、「欧州報道自由法(the European Media Freedom Act)」をEUが実現することにも熱心だ。

この法律は、昨年9月に欧州委員会が提案したもので、公共財としての情報の原則を法律に明記しようとするものだ。

彼女は「ジャーナリストは、彼らの仕事のせいでスパイされるべきではありません。公共メディアをプロパガンダチャンネルに変えるべきではありません。これが私たちが今日初めて提案するものであり、EUにおけるメディアの自由と多元主義を守るための、共通の保護策なのです」と述べた

また、彼女は、「我々は、国家や政党の傾向のない、強力で独立した公共サービスメディアを維持するよう加盟国に警告する」という「正しいことをしている」と語った。そして、これらは「ポーランドやハンガリーで見られることだから」とも述べたことがある。

旧東欧の国々の中では、まだまだ民主主義と言論の自由が発展している途中の部分がある。ウクライナの戦争で揺さぶりをかけられている状態で、今が試練のときであり、正念場である。

G7の枠組みで、岸田内閣が宣言や約束に参加しているわりには、日本ではスプートニク・ニュース等が、特に大きな批判もなく流布されている。実に謎である。

ただ、NHK BS1放送のワールド・ニュースで、ロシア1の放送がいつのまにか無くなったようだ(並列していたウクライナの放送も無くなったらしい)。

一体何があったのか、「いつのまにか」というのが実に日本らしい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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